10 居住層の天辺


 大地と合流して、3人になったあたしたち。


「こっちだ」


 いつのまにか先導役に治まった往梯ゆきはしライズの後ろを追って、物陰から物陰に身を隠しながら先を急ぐ。大地が、いつもより強くあたしの手を握って、ひそひそ話しかけてきた。


「ちいねぇ。あいつ信用できるのか」

「さあ」

「さあって。オレたちだけで行こうよ」


 向こうっ気は強いくせに泣き虫の弟だ。素性の知れないヤツを不安がる気持ちは分かる。あたしだって、名前しか分からない他人なんか、信用したりしない。名前も、どうでもいいけど偽名かもしれないし。

 同年代。それか少し年下にみえる。さっきみせた、ためらいゼロの惨殺ぶりは、人の領域を越えてしまってる。


「動くな……ゴー」


 この“動くな”は、角から女が出てきた合図。で、しゃがんでおしっこを済ましていなくなったから、ゴー。数歩遅れのあたしたちを、息を吸うように止めて動かす。手下でも扱う慣れた様は、集団をまとめる長のようだ。頭も身体も疲れきってる。あたしは、指図通りに進める安楽に、したがうことにした。


 例によって、あぶれた人間たちのせいで複雑になった単純な階層。何キロも歩いたかのような距離感を経、ようやく階段にたどり着いたときには、薄い光が差し込んでいた。


 見上げた範囲に人はいない。ゴミだらけの踊り場からは、考えたくない何かの液体が、滴り流れいるが、隠れてる気配はしない。小休止しろ。そう段差がささやいたので、ふぅーっと、座り込んだ。部屋を出てうごきづめだった。


「お前らの名前は?」

「なんで教えなきゃいけないんだ」

「俺が名乗った。だから名乗れ」

「オレは聞いてないし、しゃべったのは勝手だし」


 大地と往梯ゆきはしライズが揉めてる。5分だけでも静かにしてほしい。


「折坂鷹埜たかの、弟は大地だいち

「ちいねぇっ!」

「名前くらいなによ。で往梯ゆきはしくん。先導は助かったけどここで別れる。アンタは怖すぎる。信用できない」


 正面きって言ってやった。こういうのって、濁すほどこじれるもんだ。同じ窮地から脱出できた。よかったね。めでたしめでたし、さようなら。


「怖いのはそっちもだ」

「あたしたちが? なんで」

「殺してるだろ、一人ずつ」


 あっと思った。


「あ? オレたちは、仕方なくてヤッたんだ。あんたみたく殺さなくていい殺人をしたわけじゃないぞ」

「殺しに、仕方ないも残忍もだいだろう。同じ人殺しだ」


 そう。往梯ゆきはしの残忍さに恐れ戦いてるが、理由があればやっていいことにならない。でも言い訳できるなら、死にたくないから抵抗して、そのせいで人が死んだ。最初から殺したかったわけじゃない。それは違う。


「……なんか、自分に言い訳してる顔はしてるが、罪悪感はなさそうだな」


 罪悪感……罪悪感て。


「なんだそれ? ウンコで配給に間に合わなくって、母さんに叱られた話か?」

「ぷっ」


 あったあった。


 配給には時間が決められてる、どこどこの家族がいつの何時って。その時間に取りにいかないと、もらえない。それはそれは厳密で5秒も待たないで、配給を担当した人たちが山分けすることになってる。


「笑うなよ、ちいねぇ」

「だって……ぷぷぷ」


 その日は母さんはお勤めに出かけて、あたしも手が放せない用事。大地が貰いに行くことになってた。拾い食いでお腹を壊してなければ、一年ぶりの米が食べれられた。

 折檻をうけた弟。倍に膨らんだ顔のまま、ハダカで通路に吊るされた。あの母さんの笑顔を浮かべた激怒は、いまも脳裏にこびりついてる。


「別れるってならそれでもいい。だが鍵は持ってるのか」


 往梯ゆきはしが小さな何かを取り出した。複雑な形の金属だ。


「鍵?」

「あきれたな。82階層からは居住階じゃなくなる。出入り口に鍵がいるんだよ。こういうのが」


 別行動をとるのは、しばらく保留とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る