08 脱出と救出



「もっと上、そこじゃない。んもう。大地ったら下手なんだから」

「ぐずぐずいうなら、やんないよ」

「ゴメン。弟よキミにはいつも感謝してる」


 大地は、鎖に吊るされて動けないあたしによじ登って、手首を縛る布をナイフで斬った。バンザイから解放された。肩をぐるぐる回したら、膝がぐにゃりとヘタって、床に尻もちをついてしまう。


 立ちあがろうと手をついたが、痺れて力がはいらない。見れば、暗がりでもわかるくらいに、黒っぽくうっ血。四つん這いで壁まで行くと、そこを拠り所にしてどうにか立ちあがる。奪われた低層簡易酸素器具ライトオキデを拾って被ると、3回深呼吸をする。


「ふぅうう。生き返ったー」


 大地は、鞘に納めたナイフを太ももに結わえ付ける。縛っていた布を紐代わりに縛ったのだ。「これでいつでも抜ける」 新しく残忍さがこもった瞳で、ほざいた。連中は隙に入り込むのが上手い。気を抜いたら殺られてしまう。それが、いまさらながら身に染みた。


「いこう、ちいねぇ」


 背嚢を背負った弟は死体をまたぎながら言った。

 だが、あたしは待ったをかけた。


「もう一人いるとか、いってなかった?」

「……なんだよ。助けるよゆうなんかないぞ」


 ドアに手をかけて半分だけ開いたところで、ぎろりと、見下ろした。


「それは、そう、だけど。ほっといたら殺されるんだよ」


 捕まった子供は、あたしたちより小さいかもしれない。親が死んで逃げてきたか、運悪く迷い込んだのか。事情は知りようもないが、末路は分かる。


「こっちも殺されかけてたんだぞ。ちいねぇなんか犯されかけた。わかってんの」

「だよね。力もないのに助けたいなんてバカだよね。でもさ」


 見捨てて逃げたら、あたしたちもそこの男たちを同じになる。身に染みた、なんて考えたばかりだというのに。安い感傷があたしを縛り付ける。記憶の中の女が駄々をこねる。見捨てるのは正義じゃないと叫んでるのだ。


「先、行ってて」

「……行けるわけないだろ」


 大地がドアを閉め直す。しゃがんで膝を抱えると、プイっと目をそらした。待ってるから早くしろのサイン。あたしは、こくんと頷いて、出口に背を向けた。


 身を低くして肩バックの紐を長めに持つ。


 部屋は、臭いが沁みつくほど汚れているが、踏んだら音を出しそうなゴミがない。悪党にもリサイクル根性が宿ってる皮肉に、安心して床から視線をあげた。じりじりしたすり足で奥へ侵入していく。


「――変人の町に行くつもりだったか」


 男の声。


 ぎくりと、身が縮まった。4人目がいたのかと動けなくなる。人の気配なんかなかったのに。最悪の映像が頭の中に浮かぶ。殴られる、犯される、それから殺される。静かに刃物で一刺しかもしれない……硬直で待ったが、なにも起こらない。


「――町なんかねーぞ。あんなのウワサだ」

「いってみないとわからないだろ」


 声をよく聞けば、さっきのリーダーだ。子供の声がそれに反発してる。あたしは、長い長い息を吐いてから、さらに奥へと入って行く。


 リーダーの背中ごしに、骨組みに板を渡しただけの寝所に、男の子が仰向けで倒されてるのが見えた。どっちも、あたしには気づいてない。


「わかるさ。途中まで行ったからな。82から上は人なんか住めねぇ。お前、仲間にならないか。見どころ在りそうだ」

「あんたんとこ居たら、たらふく喰えるってのか?」

「約束はできないが、働き次第だ」


「……そうか………………なら、あんたが肉になれっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る