鳥物語(トリ・ストーリー) ─R.B.ブッコロー半生記─

佐藤 里(さと)

第1話 誕生

目を開けると青い空があった。

初夏のまぶしい空の下、僕は生まれた。

横浜伊勢崎町。有隣堂屋上の給水塔、その影にあった古い巣箱に僕は産み落とされていた。向こうの方で、連なったエアコンの室外機がごうごうと回っている。


割れたからの上でびょーびょー鳴いていると、屋上にいた女の人が僕を見つけてくれた。

丸顔の、優しそうな女性。休憩時間を屋上で過ごしていた有隣堂の人だった。

その人は夕方、こんどは食べ物を持ってきてくれた。

それから毎日、お休みの日もささっと僕のところへ来て、そう手作りのおやつを持ってきてくれたこともあった。

「ほら、ぶんちゃん」

子供の頃に、友達が飼っていた文鳥がうらやましくて、それで僕のことをぶんちゃんと名付けたみたいだ。

僕は、なんとなくその人がお母さんかなと思う。

お母さんのあとを、ひょこひょこ付いて歩く。ひょこひょこひょこ。


陽の光が広がる屋上の隅で、お母さんは僕を見ていつも微笑ほほえんでいた。

穏やかな愛情に、ひっそりと包まれた幼少期だった。


伊勢崎町はがやがやと人が行き交い、車が通り、連なる店からはジャカジャカ音楽が流れてくる。

夜が更けると疲れたような気配が漂って、そんな中で幼い僕は毎晩、夢の中に入っていった。

ひと月後、面倒を見てくれる人はアルバイトなんだろうか青年二人が加わって、三人になった。交代で僕を見に来てくれる。お母さんは、字を丁寧に書くことも教えてくれた。

ほんのりと温かい日々が過ぎていった。



事態は唐突にやってくる。


「ぶんちゃん、さよなら」

お母さんや青年たちとお別れのやり取りをしたのは、初めての春のことだった。


僕のお母さんは家の事情で有隣堂を辞め、郷里に帰ることになった。それで青年二人といろいろ話し合って、僕を山へ帰すことに決めたらしい。

僕は、もう大人の体になろうとしていた。


その日、お母さんに手を引かれて、有隣堂のバックヤードからエレベーターに乗った。

ギギギと鳴る、歴史を感じるエレベーター。

一階に着いて、裏口から通りに止めてあった車に乗った。運転席には世話をしてくれた背の高い方の青年が座っていた。

車は、すいっと走り出し、すぐに高速道路に入った。

高速道路は景色がビュンビュン流れてすごい。山並みがずんずん近づいてくる。


富士山が大きく、神様みたいにそびえる森の前で、車は止まった。

車を降りて、青年とお母さんとお母さんに抱かれた僕は、森の中に入っていった。

五分くらい歩いたところで、立ち止まった。

そして僕は手放された。


えっ? もう?


「ぶんちゃん元気でね」

「ぶんちゃん頑張って生きるんだよー」

そ、そんな…

「ぶんちゃーん」

「ぶんちゃん、さよなら」


すごい速さでお母さんと青年は生い茂る樹木の向こうへ、走り去っていった。

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