第60話 一緒にいて
「それにしてもよくこれたな、恋敵。ここには人避けの結界を張っていたのだが……カイとの縁を辿って結界を潜り抜けたか? まさか無意識に? 大したもんだなぁ!」
ゾワリと、身の毛がよだつ。圧倒される、アイエル自身から醸し出される異様な雰囲気、私のような一般的な人とは違う精神構造をしているからなのだろうか、その雰囲気に当てられ私は拭えない恐怖を覚えた。
アイエルは私を殺すつもりなのだろうか、考えが読めない。それに加えて、奴はいつでも私を殺すことのできる力も持っている。動けない、そう思った。
だが、私の頭はそこまで考えが至っていたのにも関わらず、私の足は自転車から離れて、カイくんの元へ私を運んだ。
「カイくん! カイくん!」
倒れ伏す彼に対して私は必死に呼びかける。すると、カイくんの瞼はぴくりと動いた。
「ヒナタさん……」
目が覚めたカイくんに私はホッとする。すると同時に私の頭上から気怠げなため息と声が聞こえる。
「恋敵ぃ。いい加減、お前も諦めたらどうだ?」
その声の主であるアイエルは私に対してそのまま問いかける。
「ここにきたところでお前は、何ができる? 何をカイに与えてやれる? 愛している、好きだと言いながらコイツに対して、何もできないそれがお前だ」
その問いかけに私は何も答えられない。その通りだと思ったからだ。
「わかってるんなら、諦めろ。コイツの幸せは俺がもたらす」
カイくんから目を離す。そしてジッと、アイエルを睨みつけた。
「なんだよ」
アイエルが問う。
「私はそれでも……変えられない」
「はぁ?」
「変えられない、私の気持ちを……変える気もない。それに方法はまだわからないけど、それでもカイくんに何か返せるかもしれない」
「はっ! どうしようもないくらいに、曖昧だな!」
「それでも」
私はアイエルを睨みつけて、言った。
「あなたよりは彼を幸せにできる自信がある」
「あ?」
氷にヒビが入るように、空気が変わる。ぴしりと張り詰めた空気は、それだけで震え上がりそうなほどの怖気を私に覚えさせた。
殺気とでも言うのだろうか、それがあたり一面の空間に充満している。そしてその空間を構成している本人であるアイエルは、額に血管を浮かび上がらせていた。
怒っているのだと、怒らせたのだと、私は理解した。だがなぜだろうか、私はそれでも逃げようなどとは思わなかった。怖気が走る。足も震える。
それでも、私はこの男に立ち向かわなければならない。そう今の私は思っていた。
だから震える体とは、真逆に私の目は奴をまっすぐと見据えそして、言葉は真っ直ぐと発することができた。
「貴方じゃ、カイくんを幸せにできやしない」
「テメェは!!」
瞬間だった、カイくんが起き上がり、刀で薙ぎ払いを放った。アイエルの手前の空間で空を切る刀だったが、斬撃はまるで衝撃波のように、爆発を伴って広範囲の攻撃と化し、アイエルを吹き飛ばした。
「ヒナタさん逃げよう!」
その言葉と共に、私はカイくんに抱えられて、空中を飛んだ。そしてそのまま、アイエルの視界から逃げるようにカイくんは私を連れてどこかへと飛行して行った。
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カイの斬撃によって吹き飛ばされた、アイエルは舌打ちをしながら起き上がった。
「まだ、動けたのか」
いらつきを、胸に覚えながらも、だがアイエルの頭は冷静だった。所詮は悪あがき、焦る必要もない。そう考えていたがらだ。
「せいぜい逃げろ、どうせ俺に勝つことはできないんだからな」
─────────────
飛ぶ、私たちはひたすら飛ぶ、そして衝撃を感じた。どうやら着地したようだ。カイくんはよろけながらもなんとか、姿勢を保ち、私を落とさないように強く抱える。
そして完全に着地の衝撃を殺したあと、カイくんは「立てる?」と私に聞いた。私が頷くとカイくんはゆっくりと私を降ろす。
自分の力で立ち上がった私はどこについたのだろうと、あたりを見渡した。どうやら、どこかの立体駐車場の中のようだ。外から見る景色から察するに二階か三階、と言った高さに思える。
ここまで逃げてくれば、安心だろうか。そんなわけはない、かなりの距離を飛んできたが、アイエルが見逃してくれるとは思えない。
「ヒナタさん」
カイくんの声が、私の耳に入る。彼に向かって振り返る。何を言いたいのかはわかっていた。満身創痍である彼はそれでも、目には強い意思が宿っていたからだ。
「逃げてくれ……」
やはり、そう言うだろう。私を巻き込まずに一人で彼は戦うつもりだ。
だからこそ私は首を横にふる。
「なんで……!」
明らかに動揺する彼に対して、私は言う。
「逃げないよ、もう逃げたってしょうがないって思ったの」
「君が戦いに巻き込まれれば、僕は……」
「お願い」
「……だめだ」
「私は、貴方と一緒がいいの」
「……だめだよ」
「貴方が苦しみを受けるなら、私は一緒に分かち合ってあげたい……貴方を一人で戦わせたくない」
「そんなの僕は望んでない!」
「私が望んでるの……ダメ?」
「……わがままだ、君は」
「ごめん、でも、一人、家の中で貴方が消えるの待つつもりは私はないよ」
その私の言葉を聞いた瞬間、彼は目を見開いた。
「カイくん、死ぬつもりだったでしょ」
「それは……」
「私、許さないから」
「あ……え?」
「貴方がこの世から消えるなら! 私も一緒だから!」
「な! ダメだろ! それは!」
「いやだ! 一緒がいいの!」
私は側から見ればめちゃくちゃなことを言っている駄々っ子だ。それでもいい恥も外聞も投げ捨て、私は腹の底から想いを伝えて、そして彼に抱きついた。
「お願い、ずっと私の側にいて、もうどこにも行かないで! 今度は私が貴方を幸せにしてみせるから!」
「ひ、ヒナタさん……」
カイくんは一瞬、ためらいを見せるも私を抱き返す、今更、私をお姫様抱っこまでしておいて変に紳士的だな、なんて可笑しく思いながら、私は思い切り彼を抱きしめた。
とくん、とくんと、音がする。それは彼の音なのか、私の音なのか、わからない。
ずっとこの時間が続けばいいのに私はそう思った。
「はっ! お熱いなぁ!」
声がする。忌々しい私の恋敵の声が。
「今生の別れは済んだか?」
不思議と怖くはなかった。だからだろうかこんなことまで言えてしまった。
「済んでないよ、今生の別れはあと、八十年は先だもの」
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