第52話 成り
左腕が、ジンドーの左腕がない。なんだ、なんなんだ。私はただ目の前に横たわる、ジンドーの消えた左腕を見て、最悪の想像をする。
「ジンドー! 死なないで!」
ジンドーに駆け寄る私は、彼の体を助け起こそうとする。それを邪魔するかのように、風が流れた。
それと同時に何かが着地したかのような、駐車場のコンクリートの音と、羽の羽ばたきの音が私の耳に入り込む。
音のした方に振り向く、誰が降り立ったのか、そんなことは考えなくてもわかった。わかってしまった。
「アイエル」
「よう、恋敵、きたのか?」
飄々と、そうにやけながら言うアイエルの顔は忌々しかった。いや忌々しいよりも、憎しみを覚えるその顔を見た瞬間、ジンドーを庇うようにジンドーとアイエルの間にたった。
「こ、来ないで!」
声が震える。声だけじゃない、手も足も、体全身が恐怖に震えていた。
「へぇ?」
見下すような視線。私を下に見ていることを隠しもしないアイエルはさらに、
「お前にそんな度胸があるなんて知らなかったよ、見直した。恋敵」
そんな上から目線の賞賛を私に捨てるように送るアイエルは少し体を傾け、私の体越しに横たわるジンドーを見た。
「ああ、可哀想に」
アイエルの一言だった。その一言が私の心に火をつけた。震える声で、震える心で私は言う。
「あ、貴方が!」
「お?」
「貴方がやったんでしょ!! こんな酷いこと!」
私は叫ぶ。
「ジンドーを傷つけて、左腕を吹き飛ばして、こんな状態にした! 何がジンドーのことを愛してるだ!」
そうだ、私は叩きつけるように、言葉をアイエルに送る。
「こんなの愛じゃない!」
すると、アイエルはニヤケた顔をさらに歪ませた。
「はははは! あはあはあはあは!」
そして唐突に笑う、目の前の純白の男に私は、再び面を喰らうも、奴が醸し出す雰囲気に負けないように、アイエルを睨みつけた。
その視線に気付いたのか、アイエルは笑うことをピタリと止めた。
「恋敵、お前は二つ、勘違いをしている」
時計の長身の針が、カチリと動き、時間がなんの脈絡もなく変化するかのように、夢から現実に唐突に切り替わり覚めるかのように。
突如、落ち着いた口調で話すアイエルに私は気色悪さを覚えた。しかしアイエルは話を続ける。
「ひとぉつ、これは愛の鞭って奴だ、ジンドーは幾らたっても俺の思いやりを,理解しない、だから、少し教育をな?」
何が教育だ、私は歯を食いしばった。
「そして、ふたぁつ、ジンドーに今、左腕がないのは別の要因がある」
アイエルは再び口を綻ばせ言った。
「お前だよ、恋敵」
空気が冷えた、そして背筋が凍るような、そんな感覚を覚えた。
私のせい……私が……?
思考が止まる、頭がまっさらになった。ただ唯一浮かぶのは、なぜ自分がという疑問のみ。
そんな思考が凍ったように止まった私に畳み掛けるように、アイエルは喋る。
「ああ? 気づいてなかったのか? 言ったろう? ジンドーは、悲しみの力でこの世に現界しているって……。じゃあよぉ、もしお前の心に悲しみの感情を失いつつあるとしたら……」
ジンドーはどうなると思う?」
聞きたくない。
「ジンドーは、どんどんと、姿形を保てなくなると言うわけだ。ほら、お前の後ろに倒れ伏してる左腕がないその姿、それがジンドーの本来の姿なんだよ」
「うそ……!」
「嘘じゃないさ。こいつは健気でな、最初、太った姿で、現れただろう? その姿はな、ジンドーがお前たちのような、悲しみに暮れている者を心配させないように、変化した姿なのさ」
アイエルはさらに続ける。
「戦う時は変身しているんじゃない、戦いやすいように、元の姿に戻っているだけなのさ。しかも、なけなしの力を使い、
頭によぎった……その時、確かに、私の頭によぎった。ジンドーが、私の家のお風呂場で倒れた時、彼の体には数多くの、古傷があったことを。
「お前にも思い当たるか?」
アイエルはヘラヘラと笑いながら、私の心を見透かすように言った。
「コイツはな、恋敵。腕を無くそうが、全身に傷を負おうが、諦めない、止まらないんだ」
「だから、彼の仲間を殺したの?」
アイエルは私の目をまっすぐ見て、ただ一言、
「そうだ」
と言う。
「奴らはジンドーの容態が、ここまでの惨状となっていると言うのに、コイツの背を押し続けた。だから死ぬべきだったんだ」
「それは……君の……エゴだ……!!」
私の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。私は思わず振り返る。
振り返った先には、よろめきながらも日本の足で立つジンドーがいた。
私はホッとすると同時に不安から彼に駆け寄る。ジンドーはまだ、立てるような状況じゃないのだ。私は彼を支えた。
「よう、やっと起きたか?」
嬉しそうにアイエルは笑う。
「お前を回復させるのに随分苦労したぞ? この……恋敵の心を刺激してなぁ。ハハ,狙いどうりだ、恋敵は今、衝撃的な真実を目の前に、悲しさを思い出してくれたみたいだな」
利用された、事実に私は、怒りから、アイエルを睨みつける。
「おいおい、お前には悲しんでもらわないと、ジンドーが傷を癒せないんだぜ? 怒るなよ? 悲しめ。治せるような軽い怪我しか、つけてないんだからよ」
笑いつづけるアイエル、私はさらに怒りを奴に募らせてしまう。だが、同時に、私が怒り続けているせいでジンドーが力を取り戻せないのも理解できた。
どうすればいいのか、私が困惑している時、ジンドーは言った。
「ヒナタさん、心配かけてごめん、僕なら大丈夫だから……!」
そんな言葉が、ジンドーから投げかけられた、私は思わず、そんなわけないいじゃない! と言ってしまった。
「ジンドー、無理しちゃ──」
無理しちゃいけない、そんな言葉を投げかけようとした時だった。
「まだ、悲しみが足りないか」
アイエルはため息を着く。
「怒りが充満してるもんなぁ? 今の恋敵は」
しょうがねぇ、とアイエルは話を続ける。なんだ何をするつもりだ。
「お前、小さい頃、クレナイっていう、神の呪いにかかってたよな? あれはまぁ、あの神が自分の存在を賭けた最後の断末魔的な奴なんだが……それゆえに呪いの力は強大だった、なのになぜ、お前は助かったと思う?」
「……よせ!」
ジンドーが私の元から離れ、アイエルに突撃する。
「お前は寝てろ、ジンドー」
だがアイエルは飛びかかってくるジンドーを力強く蹴る、ジンドーの腹部に入った強烈な蹴りは、ジンドーの口から血を吐き出させる。
「ごは!」
ジンドーはそのまま、蹴られた衝撃で、地面を転げ回って、私から見て右方の地面に倒れ伏した。
「ジンドー!」
そんな時だった。アイエルは言った。動揺している私など気にせず。
「お前の身代わりになった奴がいるんだよ、クレナイの呪いを肩代わりした奴がな」
その一言が、私の思考を再びフリーズさせた。
「え……?」
「やめろ……げほ! ヒナタさん……聞くな……!」
ジンドーの制止は虚しくアイエルの口を止められる者は誰もいなかった。
アイエルは一言、発した。
「カイ」
私の全身は硬直し、そのまま体が緊張からか、ふわりと浮かんだかのような浮遊感に包まれる。
この男は何を言って──。
「天野カイ、カイくんって言った方がいいか、お前が、最近まで忘れてたカイくん、そうだよ、お前の母親の言うとおりカイくんがお前の呪いを引き受けた」
信じられない。だがジンドーと何の関係があるのか。
「いきなり、何を──」
「カイくんはな、愛おしい自分の友人を助けるために、悪魔と取引したのさ、その結果、ある世界に堕ちた──」
どう言うことだ、思考が追いつかない、私は。カイくんのおかげで助けられてカイくんはそのせいで──。
「奈落と呼ばれる場所にな」
アイエルが笑う。
「もう本当は気づいてるんじゃないのか?」
察しのつかない私。そんな私を見てアイエルは、ニヤけながら、口を開く。
「止めろ!!」
ジンドーが再び叫ぶ、だが、アイエルは止まらない。そしてアイエルは言った。
「そこで、カイくんは成ったのさ、
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