第49話 ラフメイカー
「ある日のことだった」
アイエルが語ると同時に、景色が変わっていく、球技で遊んでいた、ジンドーと奈落の住人の景色が、煙のように消えて、とある丘の上に私はいつのまにかいた。
それは黒い羽を携えた。ネクスと呼ばれる女性がいる丘だった。
ネクスの隣は当然のように、ジンドーが腰をかけている。
「あいつは力を授かったんだ」
アイエルの声はそう言って途切れ、私の目の前で、ネクスの口が動き出した。
「■■、いつもありがとうね」
感謝の言葉をいうネクス。どうやら彼女はジンドーに何かしてもらっていたようだ。
「別に! ただお話しに来ただけだから、気にしないでよ!」
「それが私とってはとても嬉しいことなの、■■」
そう言って微笑むネクスに、ジンドーは不思議そうな顔で返していた。
すると、ネクスは空を見た。降り注ぐ雨が彼女の顔を濡らしている。そして彼女はおもむろに話し始めた。
「今日でちょうど一年」
「うん?」
「■■、あなたが来て、ちょうど一年」
「そっか、もうそんなに経ったんだ」
あはは、と笑うジンドー。ネクスはそのまま話を続ける。
「私はもうすぐ、消える」
「え?」
「奈落の住人には寿命がある、常人と同じように。それは知っているよね、■■」
「……うん、長い時間をかけて、いつかこの雨に溶けていくんでしょ僕たちは」
「そう、私ももうすぐ、この雨に溶けて消える」
ジンドーは顔を曇らせる、そしてそのまま俯いてしまった。いつも楽観的で、明るい雰囲気のジンドーが信じられないほどの悲観を漂わせていた。
「そう落ち込まないで」
そんなジンドーを心配してか、ネクスは彼の肩に手をおいた。
「私はもともと死んでいる存在。そもそも奈落のとはそういう天国にも地獄にも行けない人がくるところなの、だから消えるってことはそこまで悪いことじゃない、私がここから解放されるってことだから」
「そんなのわかってるよ……でも、だからってネクスさんが消えるのは嫌だ、だって、雨に溶けるってことは結局……!」
「わかって……■■」
「……わからないよ、ネクスさんが寂しいまま消えるのは理不尽だ、ネクスさんだけじゃない、皆んなもあんないい人達なのに!」
「そうね、でもそれがこの世界のルールなの、いつしかこの世界に降り注ぐ悲しみの感情に私たちは負けて溶けて消えていく」
でも,とネクスはジンドーを見つめた。
「でも貴方なら、■■、貴方一人ならここから抜け出せる」
「……どういうこと?」
「私はもう消える、だから──」
ネクスの手が、ジンドーの方に置いた彼女の手が暖かい光を発する。
それに勘づいたジンドーは不思議そうにネクスを見つめた。
「ネクスさん? 何を……」
「──だから、貴方ににあげる、私の力」
光が、広がる。彼女の手の光があたり一帯を,包むように広がった。
そして、光は次第に、輝きを弱め完全に消え去った。
光が弱まり再び二人を目視できるようになった私は、異変に気がつく。
ネクスの体が輪郭を失うように、ぼやけ、光の粒子へと変換されていっているのだ。
「ネクスさん!」
ジンドーは叫ぶ。何が起こったのか、咄嗟に私は理解できなかった。だがジンドー自身は何かわかったようだ。
「そんな! こんな無理矢理、力を!」
ジンドーの言葉で私はようやく理解した。ネクスはジンドーに力を託したのだと。でもつまりそれは、彼女の消失を、意味しているのだと、目の前の光景から私は理解した。
「お願い、この力があれば、貴方は奈落から出ていける、まだ、完全に貴方は奈落に染まってはいない……」
「だめだ、ネクスさん! 逝かないで! 今、力を戻すから!」
それを聞くとネクスは微笑む。
「無理よ、どのみち崩壊は止められない、私はここで消える」
「そんな……」
その証拠に四肢の末端から、ネクスは消えていく、まるで岩が砂に変わっていくように、それはもはや、どうしようもないものなんだと、私でもわかった。
「お願い、■■、貴方は光のある世界で生きて、私の力があれば、生き返ることだって……」
「ネクスさん!」
「それが私の最後の……」
そのまま、ネクスの体は強い光を発したかと思うと、光の粒子と化して消え去っていった。
「ネクスさん……!」
慟哭が響く、それはジンドーの喉から搾り出されるように出されたものだった。
やまない雨の中、ジンドーは他でもない自分の涙で頬を濡らしていた。
やがて、ひとしきり泣いた後、ジンドーは嗚咽を交えながら立ち上がり、丘を降りていった。
「現世に行けばよかった」
アイエルの声が唐突に響く。
「ネクスの力を使って……な、そうすればこの男は幸せになれたはずだったんだ」
だが、とアイエルは続けた。
「こいつは、そうしなかった」
その言葉と同時に、再び景色が煙と化し再び物体に再構築される、今度は丘の上に立つジンドーと、それを見上げる奈落の住人達という光景だ。
丘の上に立ったジンドーは叫んだ。
「活目せよ!」
彼はその言葉と共に背中から、星空のような模様の翼を、生やし住人達に見せる。そして、雨を吹き飛ばすかのように声を張り上げた。
「聞け! 奈落の者共よ!
この冷たい雨を、無くす方法を知っているか!
この奈落は人々が涙を流す限り雨を降らす!
では!!どうすれば、この冷たい雨をなくせるのか?!
吾輩達が涙を止めればいいのだ!
吾輩達が人々に嬉し涙を流させればいいのだ! そうすればこの雨は弱まりそして! 暖かくなる!
いいか我輩達がこの奈落で身を震えさせ!! 冷たい雨に怯える日々はもう終わる!! 我輩達が雨を暖かくする! 雨に踊る日がもうすぐ来る! 吾輩が到来させる!」
だから! 空気が震える。その雨をも蒸発させるような静かな熱が住人達の間に広がっていく。
「皆も吾輩に力を貸してほしい! 全ては奈落を理想卿にするために! 吾輩達は! 同志! ラフメイカーだ!!」
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