Fight5:ライジング・フィスト

 長旅の疲れや時差ボケなどもあったので、予定の時間までは仮眠を取って過ごすマーカス。時間前になると案内役のスタッフがやってきたので彼に付いてパーティー会場まで向かう。本来は『開会式』などどうでも良かったが、そこで主催者からゲームの正式な説明があるとの事だし、何よりも他の参加選手も一堂に会するはずなので敵情視察・・・・をしておく絶好の機会だ。


 着いた先は元々はステージ上での何らかの催し物を鑑賞する為のイベント会場なのだろう。広いフロアの先には大きな仕切りカーテン付きの立派なステージが設営されている。ステージ前のフロアにはテーブル席がいくつも並べられ、既に殆どの先客・・が集っているようであった。


(こいつらが……『他の参加選手』か)


 即ちマーカスの対戦相手であり、蹴落とすべき競争相手という訳だ。彼等もまた入ってきたマーカスに気づいて一斉に視線を向けてくる。互いに相手を値踏みするように観察、否、偵察・・する。


 マーカスもこれまで幾多のキャリアを経て、相手の態度や佇まい、立ち振舞いなどを見るだけでもある程度だがその実力を類推できる能力が発達していた。その彼の目から見ても、目の前の男達がいずれも一筋縄ではいかない実力者である事が読み取れた。


(やはりと言うか、楽には賞金を貰えそうにないな)


 そう判断した。他の参加選手はいずれもが只者ではない雰囲気だが、その人種は様々であり、グラシアンとやらは恐らく世界中から曰く付き・・・・の実力者達を集めていたのだと推察できた。



 と、その中に見知った顔があることにマーカスは気づいた。向こうもほぼ同時にその事に気づいたらしい。


「お前……ハンターか? 『ロンリーウルフ』の?」


「そういうお前はムビンガか? その呼び名は誰かが勝手に付けただけだ」


 彼としては全く名乗った覚えもないストリートファイターとしての『異名』を口にした事からも間違いない。その男……ケニア出身の元ボクサー、サムエル・ムビンガは真っ黒い肌とは対照的白い歯を見せて笑った。


 この禿頭のケニア人とはアメリカでのストリートファイトで一度戦った間柄である。彼がストリートファイトで唯一KOできなかった相手であり、決着がつかずに判定となってマーカスが辛うじて勝利したという経緯があった。


 元はライトヘビー級のプロボクサーだったが、麻薬使用やドーピング発覚によって『表』を追われてストリートファイトに流れ着いたらしい。元プロの名に恥じない強さであった。


「お前も参加していたとは嬉しい驚きだ。あの時の判定に俺は納得していない。今度こそ決着を付けられそうだな」


「ふ、それは俺の台詞だ。俺のキャリア・・・・で唯一の『判定勝ち』をKOで上書きするチャンスだからな」


 互いに不敵な表情で威嚇し合う。他の選手たちも各々が鋭い目線で周囲を値踏みし、視線で威嚇し合う。『優勝賞金』が懸かっているからか、流石にここで暴れ出すような短気な者はいないようだ。ムビンガ以外の他の面々も一通り偵察するが、そこで彼はある事に気づいた。



(俺を含めても15人……だな。あと1人はどこだ?)


 ドミニクの話では参加選手は全部で16人だったはずだ。マーカスで時刻ギリギリだったが、遅刻でもしているのだろうか。そう思った時、丁度後ろで先程彼自身が入ってきた扉が再び開かれた。どうやらようやく最後の選手が来たようだ。


「お……?」


 ムビンガの怪訝そうな声。他の選手たちも似たような反応だ。扉に背を向けていたマーカスはそれらの反応を訝しんで振り返った。


「……!?」


 そして彼の目もまた驚きと戸惑いに見開かれた。



「言ったでしょ、またすぐ会う事になるって。生憎私はコンパニオンじゃないわ」



 その女性・・……リディアはそう言って、腰に手を当てた姿勢でタンクトップを盛り上げている胸を反らした。部屋中の男達の視線がそんな彼女に集中する。中には露骨に好色そうな視線を、彼女の胸や裾が非常に短いショートパンツから露出した脚、そして美貌に向けてくる者もいた。


「女が参加できるとは知らなかったな。確かに性別の規定・・・・・は無かったが」


 マーカスは何となくそれらの視線から彼女を庇うように、その間に立った。半ば無意識の挙動であった。だがそれはそれとして彼はリディアの正気を疑っていた。


「俺は女を殴る趣味はない。悪いことは言わん。今すぐ棄権しろ」


 マーカスはそう忠告する。彼以外の他の選手たちが女性に対して紳士的だという保証は一切ないのだ。いや、基本的に『曰く付き』の連中が集められていると考えれば、むしろその逆・・・である可能性さえ高いくらいだ。


「お生憎様。私にはどうしても退けない訳があるのよ。勿論賞金なんかじゃなくね。それに自分の身は自分で守れるわ。気遣ってもらわなくて結構よ。あなたこそ人の心配をしてて自分の足元を掬われないようにね」


 だがリディアは却って意固地になったようにその形の良い唇を引き結ぶ。これは何を言われても棄権する気はなさそうだ。確かにその程よく引き締まった身体からも何らかの格闘技をやっているのは間違いないのだろうが……


(……参ったな、こりゃ。予想外の事態だぞ)


 マーカスは内心で頭を抱えていた。このゲームに優勝するのとは別に新たな難題・・が降り掛かったような心持ちであった。



「おいおい、ハンター。この美人さんと知り合いなのか? ストイックそうな顔して隅に置けない奴だな!」


 ムビンガが絡んできた。マーカスは嘆息した。


「勘違いするな。ついさっき会ったばかりだ。お前からも降りるように忠告してやってくれ」


「いいじゃないか、そんな固い事言うなよ! こりゃ楽しみが増えたってモンだ!」


 だがムビンガはむしろリディアの参加を喜んでいるようだ。単純に『華』が出来たと喜んでいるのか、それとももっと嗜虐的・・・な類いの感情か。だが他の連中は間違いなく後者の感情を持ってリディアを見ている者が殆どだ。マーカスがさりげなく彼女を庇うような位置取りで話し込んでいる事で連中が絡んでくるのを牽制できているのだが、リディアは果たしてそれが分かっているのかどうか……



「……!」


 だがその時リディアの表情が一気に固くなるのを見た。彼女の視線はステージの方に向けられているようだ。マーカスはその視線を追って再度振り返った。


「やあ、諸君。この度はのゲームに参加してくれて嬉しい限りだ。私だけでなく『ギャラリー』の皆様も大層お喜びだ」


「……!!」


 落ち着いた……それでいて言葉の端々から傲岸な感情が漏れ出ているような独特の声。ステージ奥から現れたその男は、周囲にボディガードと思しきスーツ姿の男達を引き連れてステージの中央に立ってこちらを見下ろしてきた。


 高級なスーツに身を包んだ50絡みの壮年の男だ。だが精力の有り余っていそうな鋭い目つきでこちらを睥睨している。紹介されなくても解った。間違いなくこの男が……



「それぞれ諸君をスカウトした者達から私の事は聞いているとは思うが、改めて自己紹介しておこう。私がこの度のゲームの主催者・・・であるグラシアン・ドレだ。君たちが参加するこのゲーム……『ライジング・フィスト』の優勝者には、一生遊んで暮らせる額の優勝賞金が支払われる。さて、未来の大富豪になるのはこの中の誰かな?」



「「……!」」


 主催者の『優勝賞金』という言葉に男達が色めき立つのが解った。感情は異なるもののマーカスもまた反応して唇を噛みしめる。そんな男たちの反応を馬鹿にするようにリディアが鼻を鳴らす。



「さて、それでは『ライジング・フィスト』の具体的な説明に入るとしよう。基本は1日に1ステージという形で、島全体をフィールドとしたゲームを勝ち抜いてもらう。どんな内容のゲームになるかは当日知らせるまでのお楽しみだ。そしてそのステージの『勝利条件』を満たした者は、その日のゲームは終了だ。この船に戻ってきて好きなように英気を養いたまえ。そして翌日には次のステージへと進む。その繰り返しで、最終的に優勝者を除く全員・・・・・・・・が『脱落』するまでゲームは続く。最後まで脱落せずに残った者が『優勝者』だ。といっても恐らくそこまで長丁場にはならないだろうがね」


「……!」


 つまりマーカスを含めて、ここにいる実力者達でもいつまでも勝ち残れないくらいには各ステージとも過酷な内容という事か。と、参加選手の1人が挙手した。


「……ここにいる全員が何らかの格闘技を収めている者達なのだろう? 聞く限りではルール無用の殺し合い・・・・のような内容だが、武器や凶器の使用・・・・・・・・はありなのか?」


 非常に体格のいい剛毅な印象の白人男だ。『殺し合い』という言葉を事もなげに使うその男も、そしてそれを聞いても一切動揺していない他の男達もやはり堅気ではなさそうだ。だが彼の質問自体はマーカスも気になっていた所だ。


「なるほど、良い質問だ。その答えは……いみじくも君自身が言ったように、君らは実力のある格闘家だ。君らが凶器を手に殺し合う様を『ギャラリー』の皆様は見たいとは思わないだろうね」


 つまり武器凶器の類いは禁止という事か。まあマーカスとしては最初からそのつもりなので構わなかったが。


「ただゲームの内容によっては武器の使用を解禁する事もあり得るだろう。それはその時の状況次第だ。ただ……分かっているとは思うが、銃火器の使用はいかなるケースにおいても厳禁だ。当然の事だがね」


 それもまたある意味では当然の条件だろう。具体的な試合内容は当日にならないと分からないが、基本的には格闘など肉弾戦を用いて戦う内容になるようだ。そして『勝利条件』を満たしたらこの船に戻ってこれる。それを繰り返して『最後の1人』が決まるまでゲームは続く。


 グラシアンの話を要約するとこういう事になる。そしてそれだけ聞けば充分だ。水は島に水道が通っているらしいし、食料はこの船を出る時に必ず『保存携行食』が渡されるという。


「ああ、後は勿論島中に設置された監視カメラや、上空を飛ぶドローンを意図的に触ったり壊したりした者は、その時点で『失格』なので気をつけるように」


 最後にグラシアンによってそんな忠告を受けた。



「さあ、明日の早朝には島に着く。早速明日からゲーム開始だ! 今宵はゲームに備えて英気を養うなり、コンディションを整えるなり好きに過ごし給え。食事を摂りたい者は、この廊下を出て先にあるレストランの一つをビュッフェにしてあるので、そこで自由に食べるといい。それが最後の晩餐・・・・・になるかどうかは君達次第だ。気張り給えよ!」


 それだけを告げてグラシアンは意気揚々と退場していく。他の参加選手達もまた各々好きなように散っていく。マーカスもまた部屋に戻ろうとするが、その時彼はリディアが、退場していったグラシアンの姿を最後まで睨むような目線で見据え続けている事に気づくのだった。

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