第32話 謎の美少年

「とりあえず、宿を探してくるよ! カイ君、ユリアちゃんの護衛よろしく!」

 

 そう言い置いて、ライナルトは村の奥へと走り出した。

 村の門扉から入って、短い橋を渡ると、ちょっとした広場があり、ユリアたちはそこで馬車を下りた。

 

 不慣れな旅と、夜通し魔法で戦った後遺症とで、ユリアは酷く疲れていた。

 広場に設置された椅子代わりの丸太に腰を落ち着け、村に広がる牧草地を眺めていた。

 カイも隣に腰を落ち着け、同じように風でそよと揺れる草花に目を向ける。


「ユリア、もしここにアヒムがいなかったら、俺がその手紙を預かる。俺はまだこの近辺に用事があるから、アヒムに偶然会うこともあるだろうし。今夜までに見つからなかったら、手紙を渡せ。いいな?」

 

 重くなってきた瞼を無理矢理こじあけ、ユリアはのろのろと顔を動かし、カイの横顔を見る。


「でも、兄様に一言言ってやらなきゃいけないの。男としての責任を果たせって」


「はぁ?」

 

 カイは呆れたようにユリアを見、嘆息してから顔を顰め、首を垂れる。


「だって、兄様は不名誉なことをしたわ。カトリナのお腹には……」

 

 言い掛けて口を噤む。

 気が付けば、ユリアとカイの正面に、見知らぬ少年が立っていたのだ。

 少年はさらりとした栗色の髪を風に靡かせ、左目を蔦の絡んだような文様の描かれた眼帯で覆っている。乳白色のシャツと、ひざ丈の茶色の唐草色の下衣を履いて、棒のように細い足が覗いている。右目は、綺麗な蒼い色をしていた。白い肌に、形の良い輪郭。すっとした眉毛に、長いまつ毛に縁取られた零れそうなほど大きな瞳。高すぎない鼻に、ふっくらした柔らかな唇。


 まるで匠の技で作り出した人形のように美しい造形で、眼帯がなければ、絶世の美少年だったのにと、惜しまれるほどだ。

 そんな美しい少年が、なぜか音もなくユリアたちに近づき、手を背後に回し、腰のあたりで組みながら、にこにことふたりを見つめている。


「えっと……」


 声を掛けるべきか迷った果てにどうにか一言口にしたものの、跡が継げず、言い淀んだ時、

 カイが少年に気づき、息を呑んだのがわかった。瞬時にカイは緊張し、殺気立つ。


「カイ・ドゥーゼ・シュヴァルヒ。こんなところで会うなんて、奇遇だね?」

 

 少年が見事なソプラノで歌うように言うと、カイは顔を強張らせる。


「何で、お前が、ここに……?」

 

 不自然なほど、とぎれとぎれの言葉。

 カイの頬に、つーっと汗が一筋流れた。

 ユリアはカイの様子を訝りながらも、


「カイ、知り合いの子?」

 

 カイと少年を交互に見やる。

 

 少年は微かに顔を傾けて、漫勉の笑みを浮かべる。

 一方、カイは少年から目を離さぬまま、曖昧に頷く。


「友達だよね、カイ」

 

 カイはぐっと詰まり、膝の上の拳をわなわなと振るわせている。

 不穏な空気に戸惑いつつ、ユリアは立ち上がる。


「私、ユリア。あなたは?」


「僕は……そうだなぁ……トフィー。トフィーがいいな。君もそう呼んで? ユリア」

 

 背丈はユリアよりわずかだが低い。

 年の頃は十二、三歳といったところだ。まだ声変わり前の高い声で、どこか中性的な雰囲気を感じる。女の子といわれれば、それでも納得してしまうような容姿だ。


「うん、よろしく。トフィー」


「よろしく、ユリア」

 

 トフィーはにこりと笑って、今度はカイに目を落とす。


「ねぇ、カイ。ちょっと、困ったことになっちゃって。手伝ってもらえないかな? そんなに時間は取らせないと思う」

 

 トフィーがいかにも困っているという風に、眉を下げ、泣きそうな顔になる。

 それを仰ぎ見るカイはぎりっと奥歯を噛みしめた。


「悪い。今、コイツのお守りしてるんだ。ひとりにするわけにはいかなくて、な」


「そうなんだ……でも、その問題は解決するかも? ほら、あの大きい人。こっちに手を振ってるし、君たちの友達じゃないの?」

 

 トフィーが指さした方に視線を辿ると、ライナルトが大きく手を振りながらこちらに駆け戻って来るところだった。

 カイは素早く立ち上がり、トフィーの腕を強引に掴む。


「解決した。今すぐ行くぞ。案内しろ」

 

 半ば引き摺るように、カイはトフィーを掴んだまま、歩き出す。


「彼に挨拶……」


「早く行くぞ」


「わかったよ」

 

 トフィーは小さく嘆息すると、ユリアに大きな蒼い瞳を向けた。


「じゃあ、また会おうね! ユリア。バイバーイ」

 

 小さく手を振るトフィーに、ユリアも振り返す。

 彼らの姿が見えなくなったころ、ライナルトが戻って来て、周囲に頭を巡らせた。


「あれ? さっきまカイ君いなかった?」


「トフィーっていう美少年が現れて、カイを連れて行っちゃったの……ん? いや、カイがトフィーを連れて行っちゃった、の方が正しいかな。とにかく、どこかに行っちゃたんだよ」


「へぇ……美少年か。知り合いの子だったのかな」


「そうみたい。でも、栗色の髪だったから、白の一族の子ではないだろうし」

 

 ユリアははたとトフィーがカイの姓名を口にしたことを思い出す。


「カイは黒髪にしてるから、本来なら白の一族だってばれないはずよね。でも、シュヴァルヒだと名乗ってしまえば、いくら見た目を取り繕っても、白の一族だとわかってしまう……何で?」

 

 ユリアは首を捻って、カイとフィーが消えた方角を見つめていた。

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