第23話 フェリア城①

 濃紺の夜空には星が散らばり、細い三日月が冷たい光を地上に注ぐ。

 夜風が肌に染みて、ユリアは身震いした。


「寒い?」

 

 ライナルトが腕の中のユリアに、気づかわしげな声を掛ける。

 ユリアはライナルト胸に背中を預け、「ううん」と首を振った。

 馬上の人となって数刻ほどが経つ。おかげですっかり夜も更けてしまった。

 

 ペーターが近隣の馬を所有する住民に掛け合ってくれ、何とか黒鹿毛の馬を一頭借りることができた。

 ラァナ村から見て、東南に位置するフェリア城は、小高い山の上に建ち、城の周囲をぐるりと森が囲っているそうだ。

 

 森までは平坦な道なのだが、人の足で山を登るのは時間が掛かりすぎるらしい。

 そして、今ようやく森の手前まで辿り着いた。

 遠くからは眺めることができた、先の尖った屋根の影はもう見えない。

 ライナルトは馬を操り、森に入る入り口を探す。


「ここかな? ずいぶん狭いけど」

 

 ようやく、道らしき空間を見つけ、ライナルトは馬を進めた。

 かつてはもっと道幅があったのだろうが、今ではすっかり緑に侵食され、心許ない山道になっている。


「月明かりが届くといいんだけど……」

 

 ライナルトは夜空を仰ぐ。

 木々が枝を伸ばし、道の両側から手を結んでしまえば、見事な天井が出来上がり、光を遮ってしまうだろう。月と星の灯りだけが頼りの夜道である。ライナルトが心配するのも無理はない。


 ユリアも空を仰ぎ、頭上に伸びる、葉を茂らせた枝を不安げに見やる。


「ランタンでも持ってくればよかった……あっ!」

 

 ランタンの橙色の灯りを思い浮かべたとき、ユリアはひらめいた。

 そして、両手を胸の前に持ってき、水を掬うときのように手を合わせ、その中に優しい炎をイメージした。


「『勇敢なる炎の神ファイエルよ、私に力をお貸しください……炎よ、灯となれ』」

 

 突如、手の中に、赤く輝く魔法陣が浮かび上がり、そこから小さな炎が生まれ出て、ゆらゆらと燃え始めた。

 その赤子のような炎を、ユリアは片方の手に乗せ、鞠を放つように頭上へ放り投げた。

 赤い炎は、ライナルトの頭を超えたあたりで、停止し、浮遊しはじめた。

 前に進むユリアたちたちに付き従うようについてくる。まるで小さな太陽のように、ユリアたちを照らしてくれた。


 ライナルトは呆けたように口を開け、頭上でふよふよと燃え続ける不思議な炎に見とれていたが、しばらくして感心したように唸った。


「すごいな。ユリアちゃんはこんなに小さいのに、ちゃんと魔法を使いこなしてる」


「こんなに小さい⁉」

 

 聞き捨てならない発言に、ユリアは目を吊り上げ、顔を上向けた。

 その反動で、ユリアの頭が思い切りライナルトの胸を打つことになり、ライナルトはゴホゴホと咳き込む。


「ご、ごめん。別に変な意味で言ったんじゃ」


「じゃあ、どういう意味で?」


「小さいっていうのは、背丈が小さいってことじゃなくて、その」


「幼いって意味で言ったってこと?」

 

 ライナルトがはぐらかすように、


「やや! あれは石畳ではないかな⁉」

 

 と額に片手を付け、遠くを見るような仕草で、前方に注意を促す。


「あ! 誤魔化そうとしてる‼」

 

 ユリアがすかさず指摘するも、ライナルトは目を細め、前方から視線を外さない。


「いや、冗談じゃなくて。ほら、あそこから舗装された道だ。木もまばらになってきた」

 

 言われて、ユリアも体を右に傾け、前方に目を向ける。ライナルトがユリアの体を支えるるように右腕に力を込めるのがわかった。

 

 ライナルトの言う通り、切り出した石を並べた石畳が見えてきた。

 この先に、捕らわれたアンネがいる。

 アンネの優しい笑顔を思い出し、ユリアは胸がきゅっと痛んだ。


(待っててね、アンネさん。絶対助け出すから)

 

 心の中で、アンネにそう語り掛けてから口を引き結ぶと、ユリアはまだ森に阻まれて姿を見せないフェリア城を見据えるように、坂の上を見つめた。

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