第16話 ラァナ村、弟弟子と黒い鳥①
耳に心地の良い鳥たちの歌声が降って来る。
聞きなれない鳥の声を耳にしたユリアは、荷馬車の後方から顔を突き出した。
見上げれば、木々の天井が空をほとんど遮断している。
転々とした小さな切れ目から眩しいほどの白い光が差し込むほかは、真昼の空の気配は感じられない。
周囲に首を巡らせても、そこには生い茂る木々の姿のみ。
後方に流れ行く長い道と、剥き出しの地面に残る轍だけが、ユリアの心を躍らせた。
この道を通って、どんどん生まれ故郷の隠れ里から遠ざかっていく。
ほんの少し寂しい気持ちもあるが、先を見ればどこまでも広がる大きな世界。
本意で出た旅ではなかったけれど、せっかくなら楽しまなくては損だ。
「乗り出しすぎると危ないよ」
振り向けば、ライナルトが心配そうな眼差しをユリアに向けている。
「そんなのわかってるよ、過保護なんだから」
ユリアは渋々、顔を引っ込めると、縁を掴んでいた手をぱっと離した。
それから不貞腐れた顔のまま移動して、ライナルトの傍に腰を下ろす。
「突然、振り落とされることもあるかもしれないし。そうしたら大怪我じゃすまないからね」
ライナルトの小言を聞き流し、ユリアは持参した大きな鞄を抱き込んで、その上に頭を乗せる。被っていたっ黒いフードで視界が完全に覆われた。
馬車に揺られていると眠くなる。
眠らないように外の空気を吸いたかったのにと言い訳がましいことを考えながら、ユリアは瞼を閉じる。
ふたりが出会って二日ほどが過ぎた。
旅の目的地を同じくするとわかったふたりは、出会った翌日の朝、ソヴィデ村から出る荷馬車に乗せてもらい、ラァナ村まで向かうことになった。途中、モース村で一泊して、また別の荷馬車を見つけ、今に至る。夕刻にはラァナ村に到着予定らしい。
この二日間で嫌というほど思い知らされたことがある。
ライナルトはとても人が良い。困っている人がいると、手を差し伸べずにはいられない質のようなのだ。
ソヴィデ村で乗せてくれる馬車探しをしていたとき、子供たちが凧を木に引っかけて途方に暮れていたのを見つけると、即座には木によじ登り、綺麗に糸を外すと、優しく笑いかけて凧を渡してやっていた。
荷馬車でモース村に向かう途中も、立ち往生している馬車を目にすると、荷馬車のおじさんに声を掛けてから、すぐさま手を貸しに行き、モース村の宿では、風邪で寝込んでしまったというおかみさんの代わりに、調理場の手伝いまでしていた。
ここまで来ると度が過ぎていると思うし、少々お節介だとも思う。
ひとりさっさと人助けに行ってしまう彼を、ユリアはただ見ていることしかできなかった。手を貸そうにも、何をすべきかわからないし、それにユリアの保護者面をしているのにもかかわらず、その被保護者を置いて、別の誰かを助けるなんて無責任だと、ユリアは少なからず憤慨していた。
一仕事を終えて戻ってきたライナルトは決まって、「ごめん、ごめん。どうしても、気になっちゃって」と困ったように笑うのだ。そうするとユリアは何も言えなくて、「そう」と返すのが精いっぱい。
やはり、神官になる人間は常人とは違うのかもしれない。
ユリアはそう考えて、内心ため息をつく一方、複雑な気持ちにもなる。
ライナルトがユリアの保護者面をするのだって、彼の病的な「人の良さ」がなせる業なのだ。その恩恵を、ユリアは今も受け続けている。
村の子供やモースの宿のおかみさんは一時的な手助けでよかった。
けれど、自分はどうだろう。
彼らよりよっぽど長い時間、ライナルトを拘束してしまっている。
(お節介に助けられてるんだから、文句は言えないよね)
ユリアは枕代わりにしている鞄の紐をぎゅっと握りしめた。
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