#9 ごちそうさま

           ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌朝、勤勉な冒険者達であれば、既に依頼の争奪戦をくぐり抜け、各々が目的地へと出発している時刻、漸くにして、一夜を過ごしたハンモックから起き出す二人の姿が、草原から森へと少し入った位置にあった。


 二人揃って、眠りこけていたらしい。普通、こんな場所で野営する者は、寝ずの番を交代で行う者だと思うのだが、この時刻まで惰眠をむさぼっていたらしいこの二人の常識では、有り得ないことのようである。魔物や盗賊、肉食の獣など、警戒しなければいけない対象は幾多にも及ぶと思われるのだが、その辺りに対する異識はどうなっているのであろうか。


「おはよ。朝ご飯、食べる?」

「食べるんだよ! もちろんなんだよ!!」

「めんどいから、簡単なので勘弁してねー」

「美味しく食べられたんなら、何の問題も無いんだよ!」

 等と、ふざけた会話が飛び交っているのだが… もう少し、無事で良かったとか、何事も無く朝が迎えられたとか言った感慨の様なものは無いのだろうか。この二人。


「おお。何か一杯、獣やら魔物やら死んでるんだけど…」

 ハンモックを片付けつつ、辺りを見回したエイミの台詞が此。

「反撃タイプの結界の効果なんだよ。悪意を持って近づくと皆殺しなんだよ」

「便利だねー。聞いてた以上に、効果絶大だったみたいだし」

「緑と赤の精霊石が付いてる護符の効果なんだよ。使ったこと、無いんだよ?」

 非常に物騒な台詞が飛び交っている様な気がする。どうやら、緑と赤の混じり合った精霊石をはめ込んだアルフェラントリスの瞳を使用した結果であったらしい。

「一枚のお値段で数十年は暮らしていけるんだよ!? 使える訳、無いと思わないのかな? かな!?」

「あー、そういや、そんな事言ってた様な気がするねー、なんだよ。まあ、そんな事より、朝ご飯はよ! なんだよ」

「あー…はいはい…」

 昨夜の就寝中は、結界効果を持つアルフェラントリスの瞳を使うことで安全を確保していた様である。全く、野営中の危険生物との遭遇や盗賊などの襲撃と言った可能性について、一欠片も心配していなかった模様。全く、暢気なものだ。


「日々の糧に感謝を。なんだよ」

「戴きまーす」

 と、感謝の言葉を述べ、出来立ての料理へと手を伸ばす。その途中、ふと手を止めたルーが一言。

「エイミの感謝の言葉、使ってる人、すっごく少数だったはず、なんだよ。今流行ってるのかな? なんだよ」

「んー? 戴きます。の事?」

 逆に聞き返されたルーが頷く。

「いやー、あたしの生まれた村とか近辺の街とかでもあんま聞かなかったかなー。ご先祖様の住んでた国の言葉みたいだよ? それにしても、ルー。お箸の使い方、上手だよね。此も、ご先祖様の国発祥って聞いてるし、ほとんど使ってる人、見かけないんだけど」

 聞きかじりで、うろ覚えな不明瞭極まりない答えを返すエイミ。追加で、ふと疑問に思ったこと。今、二人が食事をするために使っているカトラリー…と言って良いのか疑問があるが、挟んだり突き刺したり引き裂いたりと、何気に便利な二本の棒。手元が細めのペンぐらい、先に行くに従って尖る様に細くなっていく、十三センチほどの其れ。使いこなすのには、それなりに習熟が必要な道具を、器用に使いこなしていることについて問い掛ける。

「あー、此は、友達に教えて貰ったんだよ。便利だよね! って事は、エイミのご先祖様って、ヤマト皇国の人なのかな? なんだよ」

「そー! 其れ其れ! もー滅びちゃったけどね!!」

 先祖の故郷が滅び去ってしまっていることを告げるにしては、あまりにも軽いノリが過ぎやしないか? と、問い詰めたいほどの、エイミのお答えに、ルーも、目をぱちくりと瞬きを繰り返しながら、しばし呆然と眺めていた。


「あれ? 滅びちゃったの?? クサナギ君、どうなった? あの国しか信者、居なかった気がするんだけど??」

 違った模様。別の所に驚いていたらしい。いつもの口癖は、何処へ行った?


「クサナギ君って…神界のクサナギ神のこと? お友達???」

「うん。あの神様、年中地上をあっちへこっちへふらふらしてたんだよ。お祈りしたくても神殿にいたことが無いから、信仰対象としては、超絶不人気だったんだよ。でも、面白い奴だったから、ルーも時々、一緒にふらふらしてたんだよ」

「えー? 神様との距離、そんな感じだったの? 千五百年前…」

「自由気ままな奴ばっかだったんだよ」

「あー、神様だもんねー。そんなもんかー」

 神に対する感想として、其れは大丈夫なのか? と、問い質したい会話が続き、結局、ルーの聞きたかったらしい、クサナギ君の安否については、有耶無耶の儘、忘れ去られる事になったのである。哀れ。クサナギ君。


「「ごちそうさま」」

 揃って、食事の終わりに感謝を唱える言葉を口にして、遅めの朝食を終える二人。此も、ヤマト皇国の言葉である様だ。懐かしくなったルーも一緒に口にしたらしい。

「『戴きました』って言うパターンもあったよね? なんだよ」

 そう言えば、と手を打ち合わせて問い掛ける、ルー。

「え? 其れは知らないー」

 伝えられてはいなかった模様。このようにして、伝承が途絶え、歴史に埋没して消え去っていくのかもしれない。残念なことである。


 野営のために、周囲に広げていた彼や是やを、サクッと纏めて[インベントリ]に収納、たき火の後を始末して出発の準備を整えた二人。森から街道へと移動して、街へ向けて帰還の途につく。

「この後、何するつもり? なんだよ」

「ギルド行って、余ってる依頼があったら受けようかなーって」

「良い感じの依頼、残ってるの? なんだよ」

「ないだろーねー。あっはっは」


 今日、残りの時間、と言うよりも、未だ朝が終わって、昼前になったばかりの時刻だが、どう行動するのだろう? と、疑問を口にしたルーへと帰ってきた、エイミの答えがあまりにだったため、ジトっとした視線を投げかけるルーであったが、あっけらかんと笑い飛ばされて終わりとなった。街へ着いてほぼお昼。食事を終えて仕事をするにも、たいしたことが出来るとも思えないし、そんなものか。と納得することにする、ルー。

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