第五章:学校を創ろう

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 バラバラとページをめくる乾いた音が、書斎全体に奏でられる。

 あっという間の出来事で、ノートの中に引きずり込まれた三人の手を掴む暇もなかった。


「い、いったい、何が起こったの……?」

「わ、わかりません……。何がなんだか……」

「どうなっちまったってんだよ……」


 衝撃のあまり、再び床にぺたりと腰を下ろすアオバ。

 タカラとユタカも足が震え、書斎にある椅子の背もたれに捕まらないと立っていられない状態になっていた。


「み、皆様! いったい、何が起こったと言うのですか!?」


 久しぶりに聞く、片岡の声。

 たった数時間ぶりだというのに、その声はすでに懐かしさまで感じられた。

 でも――――


「わたくしがいない間に、いったい何が……」

「その前に、片岡さん。アンタ、いったい何者なんだ?」


 ユタカは自分たちに近づこうとする片岡の動きを遮り、キッとその瞳を睨みつけた。


「……? 鷺巣、様……?」

「アイツが、あのネコが言っていたんだ。『ご主人様とずっと一緒にいたが、片岡なんてヤツのことは聞いたこともない』って。アンタ、本当にここの執事なのか……?」

「あのね……、あのネコさんがそんなこと言ってたの。だから、アタシたち何がなんだかわかんなくなっちゃって……。でも、でも、そんなことないよね? 片岡さんは、アタシたちのこと騙してなんかないよね……?」

「僕たちは、今まで貴方の言葉を信じてやってきました。これまでやってきたことは、本当にここのご主人の願いだったんですよね? 僕たちがやってきたことは、無意味じゃなかったんですよね……?」


 疲れと、混乱と、ぐちゃぐちゃな思い。

 頭の中でいろいろな感情がガンガン鳴り響いていたが、この何がなんだかわからない事態を、とにかくハッキリさせたかった。


「……皆様、たいそうお疲れのご様子ですね。ここでは何ですから、どうぞ大広間へ。そこで詳しいお話もさせていただきましょう」


 初めてこのお屋敷に来た時と同じように、皆を案内する片岡。

 その表情をみると、どこか強張っているように見える。

 しかし、ここにいてもどうすることも出来ないため、ユタカたち三人は、片岡の誘導の合図に従い、書斎を後にしたのだった。






「そうですね。まずは、何からお話させていただきましょうか」


 鼻につんとくるスパイスの香りに、胃の刺激を働かせる旨味たっぷりのキラキラとした輝き。

 長テーブルの上には、昼間食べることができなかった山盛りのカレーライスと、付け合わせのコールスローサラダ、そして、ミントの葉で飾られた飲むヨーグルトのような飲み物が一緒に置かれていた。


「う〜ん、甘ーい! すんごく美味しいこれ!」

「カレーもめっちゃ旨めーぞ! おかわりっ!」

「アオバさん、それはラッシーという飲み物だそうですよ。あっ、先輩は食べ過ぎです。そのへんでもう止めておいた方がいいんじゃないですか。五杯目でしょ? まったく。……それにしても、空腹なことを完全に忘れるくらい、怒涛の出来事でしたね」

「わたくしが不在の時に、昼食も召し上がることが出来ないほどの非常事態に見舞われていたようで……大変申し訳ございません」


 ユタカに五杯目のおかわりを盛り付けながら各々に返答する片岡のその声は、本当に申し訳なさそうなトーンを響かせていた。


「で? 本当のところはどうなんだよ、片岡さん……って、ヤバ旨っ! このカレー、パンにつけても旨いな!」

「ちょっとぉ〜、食べながら唾飛ばさないでよー」

「貴方は食べるか喋るかどちらかに絞って下さいよ。片岡さん、僕たちは聞きたいことが山ほどあります。このお屋敷のこと、ご主人のこと、学校作りのこと、あのネコのこと。……そして、貴方のことを」


 タカラは磨き上げられた銀色のカレースプーンを長テーブルの上に置き、じっと片岡の瞳を見つめた。


「……そうですね。皆様にはきちんとしたを説明させていただく必要がございますね。ただ、大変申し訳ありませんが、わたくしから申し上げられる内容については、今お伝えできることと、もう少し待っていただきたいことがございます」

「はっ!? この期に及んで何言って――」


 片岡の言葉に、バンッと長テーブルを荒く叩き、立ち上がるユタカ。

 しかし、片岡はそんなユタカの行動にも動じず、深々と頭を下げながら自分のペースでゆっくりと解説を始めて言った。


「全てをお話出来ず、本当に申し訳ございません。ただ、皆様にわたくしのことを信じていただけなくても、これからのことについて、とても重要なことをお伝えさせていただこうと思います。それだけは、信じてください」


 そう言って、片岡は神妙な面持ちで以下のようなことを三人に説明し始めた。


 一つ、

 この屋敷は間違いなく、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』の所有のものであること。


 一つ、

『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』は、間違いなく実在する人物であること。ただし、現在行方不明というのは誤りで、今の時間軸とは違う別の時代の人物であること。


 一つ、

 片岡は麻生田家執事ではないが、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』とは昔からの知人であり、お互いよく知っている仲であること。


 一つ、

 『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』がいた時代では学校教育が混沌としており、当人はそれを危惧して“楽しめる学校”を取り戻すべく、教育改革を行おうとしていたこと。

 そのため、この国の人々が学校という記憶を無くしてしまったのは誤りであるが、この屋敷の主が切なる願いとして持っていたのは本当であること。


 一つ、

 その教育改革の一つの事前準備として、『希求筆記帳』を使って様々な学校を思い描こうとしていたが、とある事情で中断せざるを得なくなったこと。


 一つ、

 『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』は常々、『人々の頭の中には色とりどりの無数の思いが存在し、それは大人に限らず、どんな小さな子どもにもある』こと、そして、『子どもたちの発想力は、時として我々大人を凌駕するほどのエネルギーを持っている』と言っていたため、誰かにこのノートを使ってもらい、その思い描く世界を見てみたくなったこと。

 それが、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』が長年抱えていたことへの弔いになるのではないかと思ったこと。


 一つ、

 当初はアオバ、タカラ、ユタカの三人のみをこの屋敷へ招待するつもりだったこと。

 その理由は、事前調査で断片的ではあったが、すでに頭の中に『こんな学校あったらいいのに』という想像を思い描いていたため、今回のミッションを成し遂げる力があると思ったこと。


 一つ、

 りょうた、あさひ、さくらの三人は、事前調査の中では『学校を変えたい』という想像を思い描くだけのエネルギーがまだ蓄えられておらず、今回のミッションは遂行できないだろうと見なし、招集対象から除外していたこと。

 しかし、『不足』の事態、つまり、今回のミッションを完遂させるためには様々な年齢層の想像力が必要になることが判明したため、急遽こちら側へ招き入れたこと。


 一つ、

 ネコはあのしおりの中で生み出されたため、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』を“想像主”として認識していること。

 今回、しおりが使われたことでこちらの世界へ出てきたと推測されること。


 一つ、

 今回の騒動は、教育改革をとある事情で中断せざるを得なくなった時に、『麻生田(陸奥木戸)薫鷹』が呟いた『いらない学校は失くせばいい』という言葉の意味を、ネコが字義通りに受け取ってしまったことが原因であると推測されること。

 ネコは“消すこと”のみに視点を置いていると考えられるため、“消したい”という強い感情を持っている者をターゲットにして捕まえたと思われること。





「そして、ここからが今後について最も重要なことになります。あの『希求筆記帳』のページがすべて白紙に戻ってしまう、つまり、ページを完全に消されてしまうとノートの内側にいた者は戻れなくなります。こちらの世界では、“消滅”してしまうことになるのです」


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