マヨイガ

やざき わかば

マヨイガ

俺は民俗学を専攻している。柳田國男に憧れて、この道を志した。

とくに「遠野物語」は、もう何度読み返したかわからないほどだ。


足繁く東北へ通い、その土地の言い伝えを聞き不思議な場所へ行く。


南の産まれの俺にとって、東北は浪漫の宝庫だ。食べ物は美味いし、空気は澄んでいる。また、自然への畏怖と崇拝、恐れながらも敬う心が他の土地よりも強いと感じる。もちろんこれは俺の個人的な感想なのだが。


さて、そんな俺が最近強く関心を持っているのは「迷い家」である。

聞いたことはないだろうか。山道で迷っていると、突然浮かび上がる立派な家。

誰も住んではいないが、来訪者を受け入れるように開かれた戸。


家の中にあるモノをひとつだけ持ち帰ると、幸運に恵まれるという。「幸運に恵まれる」という言い伝えにも心惹かれるが、何よりもその存在が興味深い。


そんな迷い家を探して今日も東北の山を歩いているのだが、本格的に迷ってしまったようだ。山歩きの際はいつも準備万端で地図やGPSも用意しているのだが、今日は何故か地図もGPSも役に立っていない気がする。


迷ったら登れ、とばかりに山頂に向けて歩いていると、突然広い野原に出た。今までの山道とはだいぶ違うな、と辺りを見回すと、立派な日本家屋が佇んでいた。


これは迷い家に違いない。直感で思った。ついに俺は見つけたのだ。遠野物語にもある、あの伝説の迷い家を。


この時すでに、俺はこの家に魅入られていたのかもしれない。


戸は開いており、中には人の気配はない。誰もいないようだ。

俺はフラフラと中へ入り、この不思議な家を見てまわった。


品が良く、初めて来たのにどこか懐かしい。

格調は高いけれども、嫌味の無い家具や調度品。

やはりここは迷い家なのだ。俺は嬉しさのあまり、少し泣いていた。


浮つきながらも、中を歩き、写真を撮り、スケッチもしてある程度調べ終わった。

あまり長居をしても、迷い家に申し訳がない。そろそろお暇することにした。


俺は、箪笥の上に置かれた、小さいけれども可愛い干支の置物のひとつをポケットに仕舞った。あまり大きなものを持っていくほど強欲ではないし、何よりこの家に失礼な気がしたからだ。


玄関口に向かって歩いていると、突然別の部屋の襖がガラッと勢いよく開き、中からこの世のものとは思えないほど憤怒の表情をした老婆が躍り出てきて、俺にこう叫んだ。


「ドロボー!!」


そう、この世のものとは思えない老婆は、この家の住人だった。

ここは普通の民家だったのだ。俺のふわりとした高揚感は一気に冷めて現実に戻った。もちろん干支の置物は取り返された。


駆けつけてきた警官が呆れ顔で質問してくる。

「何故こんな山奥まで来て、泥棒なんてしたの」


「き、気の迷いが…」

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