妖怪に好かれる男

やざき わかば

妖怪に好かれる男

妖怪や幽霊に異常なまでに好かれる男が江戸に住んでいた。


男は普通の町民で、いわばフリーターだった。江戸っ子の町民は総フリーターと言っても過言ではなく、その日暮らしをし、宵越しの銭は持たないことが当たり前だった。


その男は産まれたときから妖怪、幽霊の類に可愛がられ好かれていた。もちろん両親や友人はいるが、人間よりも人外の友人が多い始末であった。


さてある日の昼下がり、男は妖怪、幽霊を引き連れて散歩をしていた。他人には見えないようにしてもらっている。そうでなければあたかも百鬼夜行の光景であったはずだ。


河原の近くでぶらぶらしていると、何やら浮いているものがある。あれは人だ。男は急いで引き上げたが、もう息を引き取っていた。そしてその遺体は男の長年の友人だった。すぐに番所に届けた。


が、番所は「単なる事故」だとして捜査を早々に打ち切った。そんなはずはない、アイツは泳ぎが得意で仲間内では河童と呼ばれていた。河に転落した程度で恐慌にかられ、溺れ死ぬはずはない…。


男は、初めて妖怪と幽霊に頼み事をした。


結果、男の友人はある豪商の企み事の生贄にされ、殺されたと分かった。豪商が密輸の罪から逃れるために、友人に全てをなすりつけ殺したのだと言う。なにしろ妖怪と幽霊の調査だ。神出鬼没、間違えるはずがない。男は復讐を決意した。


ある満月の夜、男は黒装束を着て豪商の家の前に立ち、妖怪たちに合図を出した。


鎌鼬が家中の者を切り付け、パニックを起こさせた。煙羅煙羅が家中の者共の視界を奪い、火車が家の端っこから火を付けていった。我先にと逃げ出す連中はぬりかべが押し留めた。


しかし、女中や丁稚などの下々の連中は、何もわからず罪もないだろう。そこで男は九尾の狐に乗り、空を駆けながら「人間、悪いことをすると自分に返ってくる。因果応報ってヤツだ。これからも、品行方正に生きていけ」と忠告をし、開放した。


さて、問題は豪商とその側近どもだ。殺すわけにもいかないので、相当な恐怖を与え、全財産を没収した。その莫大な財産を持て余した男は、貧乏な人々の家にバラ撒いた。もちろん少しは自分と協力してくれた妖怪用に貰っておいた。


この事件は江戸中の評判となり、瓦版でも連日連夜報道された。庶民のヒーロー、正体は誰か、鮮やかな手口の内容は、等々…。


その日から、男はいわゆる「義賊」として、活動した。悪巧みで儲けている悪徳商人を、手の眼や目目連に情報収集をしてもらい、実行部隊の妖怪達と男が行く、という流れで、江戸の貧困層どころか、地方の寂れた農村などにも援助した。


男は、本名である「五郎」をもじり、自らを「山ン本五郎左衛門さんもとごろうざえもん」と名乗り、貧しい人々を助ける活動に邁進した。いつしか、男は妖怪、幽霊の総大将となっていた。


そして時代は流れ、令和の世。


代々続いてきた「山ン本五郎左衛門」の子孫である俺に、妖怪や幽霊に好かれる体質は引き継がれた。


ただ、俺は義賊として、盗賊としての人生に疑問を感じていた。さらに今の世の中、いくら妖怪や幽霊の力を借りたとしても、セキュリティ技術の向上によりなんの痕跡も残さずに仕事をこなすのが難しくなっているのも事実だった。


そこで俺は清掃会社を設立した。なにしろ妖怪や幽霊は考えようによっては「掃除のプロ」になり得る。お風呂場の清掃は垢舐めに託した。彼が舐めきった風呂場はとにかくツヤッツヤだった。


部屋に関しては、ホコリなどの細かいゴミは肉吸いが吸い取ったり、天狗が扇子で払ってくれた。大きいゴミや粗大ゴミは鬼が片付けた。雑巾がけは、すねこすりや花子さん、口裂け女やメリーさんなど、小さかったり人間型の幽霊や妖怪と俺が担当した。


俺たちの清掃会社は評判が評判を呼び、今日も大忙しだ。


しかし、誰も考えつかないだろう。昔話でも有名な山ン本五郎左衛門の末裔が、妖怪や幽霊のみんなと清掃会社をやっているとは。


「妖怪の総大将」が清掃会社の社長だとは、事実は小説より奇なりってヤツだな。

まあ、こちとらその「奇」ってヤツと一緒に仕事をしているわけなのだが。


これを読んでいる皆様も、是非清掃のご用命は我々「株式会社 山ン本」に…。

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