第2話 担当者はネコミミでした
僕が案内されたのはごく普通の和式客室。
十二畳ほどの広さで、一人だと逆に大きいと思えるくらいだ。
こんな大きな部屋を借りてしまって平気なのだろうか。
「このお部屋などでいかがでしょうか?」
「断然文句なしですよ! ちょっと宿泊費が怖いなぁって思うくらいで!」
「ふふっ、お代の方はご心配いりませんよ。お客様の満足に見合った金額をご提示いたしますから」
でもそんな心配を浮かべた僕に、エルプリヤさんが「くすくす」と微笑んで返す。
その屈託のない笑顔には精神安定効果でもあるのだろうか、些細な不安なんて吹き飛んでしまった。
そこで僕は誘われるまま、部屋へ入ってエルプリヤさんと共に腰を下ろす。
「まず当旅館の注意点ですが……施設の性質上、多種多様な方々がおられます。部屋から出る際は他のお客様の迷惑とならぬよう配慮をお願いいたします」
「は、はい」
「特に、他のお客様との争いはご法度となっておりますのでどうかお気をつけくださいませ」
「ま、まぁそこは多分平気かなぁ。なにせ見た目通り、僕は気が弱いですし」
「あらっ、そうなのですね、ふふっ。……このお部屋の物に関してはご自由にお使いくださいませ」
ただ、どうやら部屋の説明に関してはこれだけらしい。
エルプリヤさんはこう話すとすぐに立ち上がり、丁寧な姿勢のまま後ずさりでスススッと部屋の外へ。
「あ、すいません! よければ何か食べる物いただけませんか?」
「あら、お食事がまだでしたか?」
でも僕の方にはまだ用がある。
部屋を借りられても、この極限の空腹だけはどうしようもないから。
茶菓子もあるみたいだけど、これだけじゃきっと足りないだろうし。
「えぇ、実は朝食以降なにも食べてなくてお腹ペコペコで……」
「わかりました。でしたら夢路様担当の従業員にすぐ持ってこさせますので、しばし辛抱くださいませ」
「え、僕担当……?」
「はい。当旅館ではお客様に担当者を付ける決まりとなっておりまして。不自由なく極上のひと時を過ごせるようにと」
しかしさらに付け加えられた話に、僕は思わずキョトンとしてしまった。
まさか担当者まで付けてくれるなんて思っても見なかったから。
そんな中でエルプリヤさんが戸を閉めて去る。
すると途端に静寂が包み、僕の不安を煽ってたまらない。
なのでその不安を紛らわせるためにと、休む前に部屋をちょっと調べる事にした。
「あ、コンセントはちゃんとあるんだな。なんだかすごく種類が多いけど」
まず目を惹いたのがすぐ横の壁にあったコンセント。穴がとにかくたくさんある。
普通の二本から無数の針穴の羅列みたいな物まで。こんなの初めて見たよ。
ともかく、スマートフォンの電池も切れそうだからさっそく充電器を繋いでおく。
「お、WIFI通ってるんだ……」
どうやら宿の定番となったWIFIもちゃんとあるらしく、机の上に置かれたプラ札にしっかりパスコードまで書かれていた。
一瞬だけ文字が読みとれなかったけど、きっと疲れているからだろう。よく見れば日本語で書かれているし。
ただ、それ以外は至って普通の和室だ。
強いて言うなら外の景色が見えない事が残念かな。
奥に障子張りの引き戸があるから、きっとその先が外なのだろうけど。
でも疲れ過ぎてどうにも動く気にならない。
いっそこのままここで寝てしまいたいくらいに。
だから畳に寝っ転がり、無気力にスマートフォンをいじり始めたのだが。
「あれ……もう充電終わってる!? 今さっきまで四%くらいだったのに!?」
まだ繋いで一分と経っていないのに、電池がすでに一〇〇%に到達していた。
昨今の高速充電式でもここまで速くはないよ!?
その事実に驚きつつ、今度はWIFIに繋いでみる。
「え、ちょっ!? えええ!?」
そうしたら今度はもはや言葉にすらならない状況に。
なにせ電波強度を示す棒が通常より増えて、充電マークすら塗り潰し、更には筐体さえ通り抜けて表示されていたのだ。
それはもう、空中へと飛び出すくらいダイレクトに。
「えぇ~~~これ一体どうなってんの……?」
まさかスマートフォンにこんな隠れた機能があるなんて。
実はこの日本製機体、かなりのハイスペックだったんじゃ……。
――そんな事に驚いていた時だった。
「ごはんをお持ちしたのだ~~~っ!!」
「うおあっ!!?」
突如扉がガツンと開き、いきなりこんな大きな声が部屋に響く。
あまり突然さに僕の手中でスマートフォンが躍るくらいだ。
で、現れたのは食器のお盆を抱えた女の子。
青い髪にちょっと濃いめの肌で、背はなんだかとても小さい。
でも大きなお盆をしっかりと支えていて、細い腕なのに力強さも感じる。
もちろん着物を着ているからここの従業員というのは間違いなさそう。
そんな彼女が「ガッチャガッチャ」と食器を揺らしながら部屋の中へ。
そのまま机へと降ろし、自慢げにニカッとした笑顔を僕へと向けていて。
「ゆめじ担当のピーニャなのだ! よろしくたのむのだー!」
「あ、うん、よろしくね……」
一方の僕はと言えば、想像も及ばない人物の登場にちょっと引いている。
エルプリヤさんの物静かさと対照的な子がやってきたものだからもう。
そもそも和式宿なのに皆和名じゃない。
エルプリヤさんが特別なのかと思っていたけど、違うのだろうか。
この子に至っては動くネコミミや毛深い尻尾まで付けているし。
――え、動くネコミミ……尻尾?
「ゆめじはごはん食べてていいのだ! ピーニャはその間に布団を敷いてあげるのだ!」
「あ、はい、それじゃあいただきます……」
その事があまりに気になって、待望の食事もなんだか味気ない。
せっかくの豪華な和食なんだけど、隣でせっせと布団を敷くピーニャさんの方がずっと興味深くて。
とはいえその作業もあっという間に終わってしまった。
さすが従業員だけあって手馴れているというか。
で、そんな彼女は今、敷いた布団の上に寝転がっている。
「気にしなくていいのだ」
「いや、気にするでしょ」
しかも僕の食事を眺めるように肘を突いて。
それどころか、まるで物欲しそうに口から何か垂れてきてるんだけど?
ああああ落ちる! 布団に落ちちゃうぅぅぅ!
「あ、ええと、ピーニャさんも食べます?」
「いいのか!? やったーなーのだー!」
その暴挙を阻止するため、やむなく身を切る事に。
こう提案してあげたら案の定、ピーニャさんが超高速で僕の隣に付いた。
ただ次の瞬間には彼女が素早い動きで勝手におかずを持っていった訳だが。
ここまで図々しいと、とても従業員とは思えないなぁ。
距離感がバグっているというか、妙に馴れ馴れしいというか。
まぁ僕はあまり気にしてはいないけれど。
それよりも僕はふりふりと動く尻尾の方がずっと気になる。
これ、どういう仕組みで動いているんだろうか。
そう思っていたら自然と、手が伸びていた。
「どすこぉーいッ!」
「はぶんッ!?」
だがその尻尾にちょっと触れた瞬間、ピーニャさんの平手打ちが僕の頬を襲う。
それはもう「ドッパァーーーン!!」と部屋中に響くくらい激しく。
「ど、どすこい!?」
「お触り厳禁なのだ! ピーニャの尻尾はビンカンなーのだー!」
「す、すいません! つい!」
「んもう仕方ないゆめじなーのだー」
迂闊だった。
人と違うから飾りかと思っていたけど、まさか体の一部だったなんて。
これじゃあまるでセクハラオヤジじゃないか……! くっ、猛省せねば!
――だなんて思っていたけれど。
ピーニャさんはどうやら言うほど気にしていないらしい。
もう次の瞬間には僕の箸を使ってヒョイヒョイとおかずを口に運んでいたし。
それどころか僕に「美味しい」と言わんばかりに左手でOKサインを出していて。
その時ふと見せてくれた笑顔は、なんだかこっちもがホッコリしてしまうくらいにあどけなかったんだ。
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