10

「あらまぁ」


 柳下は合掌した。そこは海沿いの公園の防風林の中。遊歩道から外れた楢林の中でゆらゆらと揺れていた。足下には物珍しいものを見に来た野次馬のような野良猫の群れ。


「これも、シンちゃんですかね」

「まぁな、これで同一犯なら連続殺人確定だ。センスのカケラもねぇが、シンちゃんってことになるな」

「ですね、びっくりするくらいセンスないですが」

「だな、小突き回したくなるくらいセンス…」

「山浦センパイも、柳下さんも、現場っすよまじで」


 栗本に突っ込まれ、山浦と柳下は林に入る。がさがさと楢の葉っぱを踏みつけながら、鑑識と警官が下ろした遺体を見る。

 昨晩、やたらときつい態度をとっていた秘書の斑鳩カオリの変わり果てた姿。苦悶に歪んだ表情とはいえ、美人の片鱗はある。首には絞めた痕に、掻きむしった痕、足下に転がる箱。そして


「口に何か入ってますね」

「またかぁ…」

「今度は、なんか小さな白い花っすけど」

「これは、おい川崎!」


 挙動がやや堅い川崎を呼ぶ。柳下に言われ、川崎は斑鳩カオリの口に入った花を見る。数枚が口に入れられているようだ。


「ジャスミンじゃないかなと思います」

「え?あのお茶になるあれ?」

「そ、そうです。あのジャスミン」

「へぇ、すっげぇ川崎」

「ほ、ホントですか栗本さん」

「すっげぇ気持ち悪いけど」

「うぅ、酷いです山浦さん…」


 足下に転がる箱を見ながら、柳下は腕組みをする。いつもとは違う、鋭い眼光だ。


「やっぱり、首吊りに見せかけて他殺ですよね」

「それしかないな」

「そりゃ、どのへんから…」


 ブルーシートがかけられた斑鳩カオリの遺体を顎で指す柳下。


「間違いなく犯人は、ホトケさんの死後に口に花を突っ込んだんだろ」

「ですよね、じゃなきゃ犯人はめっちゃ高身長だし」

「ほう、なかなか鋭くなったな、山浦」

「ふふふぅ、そりゃもう」

「ただ、それだけじゃねぇよ。見てみな」


 見ると、足元には斑鳩カオリの靴跡がない。


「箱はカムフラだな。それか、もっと違うものを隠そうとしてんのか。犯人の足跡らしきもんは?」

「んん、なさそうですねぇ」

「まぁそうだろう。この葉っぱだ、昨晩のうちに落ちた葉っぱのお陰で靴跡はほぼなくなってるからな」

「…柳下警部補」


 警官が一人の女の子を連れて来た。山浦はあっと声をあげる。


「君はたしか…」

「うぅ……」

「真波ちゃんだね?」


 山浦は訊いた。唇を噛みながら何度も頷く。目線は斜め下を向いている。


「ここで、何をしてるのかな?」

「……」

「話したくないのか?」

「……」

「ちょっと、場所を変えて話そうか?」

「クリ、いい」


 真波は涙をぽろりと溢した。


「署まで、来てくれるかな」


 真波は頷いた。何かを決意したかのような表情。


「まさか、この娘が…」

「さぁな。とりあえず、関係者なのは間違いないからな」

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