第27話

 休憩を終えると、すぐにカケルさんの指示でフォーメーションを組む。

 先陣を務めるのは変わらず俺だ。


 情報通り集落の規模はまだ小さく、集落自体の防衛機能も低そうだ。

 簡単な柵に覆われているだけで堀すら完成しておらず、罠を警戒する必要はないだろう。


「さっきの作戦通りいくよ!」

 

 カケルさんの声で『ダンジョンゲーマーズ』のメンバーが一気に集落へと飛び出していく。

 まだオークに気付かれていなかったから不意打ちをすれば上位個体の一体でも倒すことができたはずだが、今回は正々堂々群れと対峙する。


 グオォォォォオ

 

 俺たちの存在に気が付いた上位個体であるオークソルジャーが地響きのような声を上げ、仲間たちに警戒を促す。

 周りのオークたちは血気盛んに各々の武器を取って、待ち構える姿勢を作り始めた。


 (あれがハイオーク……。)

 

 奥の方には、他のオークより頭一つとびぬけた身長と一回り大きい図体を持った魔物が余裕そうな表情で鎮座している。

 間違いなくあれが今回俺がターゲットを引き受けるハイオークだろう。

 その見た目とは裏腹に、スピードが速く、跳躍力についても警戒しなければいけないとの評判である。


 オークエリアやオークの集落に挑む者が少ないのは、上位種であるこのハイオークと戦うことのリスクが高すぎるためだ。

 身体能力が向上する能力者ならまだしも、一般の攻略者にとってハイオークは自分の命を奪う可能性が非常に高い魔物である。


 しかし今回一番注目すべき点はハイオークが右手に持っている棍棒。

 素材は通常のオークが持つもののような木でできたものではなく、銀色に光る何かしらの金属でできたものである。


 その重さや丈夫さがどれくらいあるのか正確には分からないが、安物の武器なら粉々になるだろうし、能力者であっても簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。

 もちろん、ハイオークにはその重い棍棒を悠々と持ち上げ、振り回すパワーがある。


「このタイミングで討伐することになって良かったかも……。」

「そうですね。」


 ミサキさんが思わず呟いたであろう言葉に俺は相槌をうった。

 攻略本にも書かれた情報だが、金属の棍棒を持ったハイオークは鬼に金棒という感じで、特に近接戦闘を挑むなら警戒レベルをグンと上げるべき相手だ。

 能力の飛行魔法を使いつつも、基本は近接戦闘で戦うミサキさんとしても、なるべく相手はしたくない魔物なのだろう。


「行きますっ!」

「うん。陽向くん、頼んだよ!」


 その声を合図に、心を決めた俺はハイオークに向かって一直線に駆ける。

 人間がただ一人で自分たちの大将に突っ込んでいく姿を見て、オークも驚きで一瞬歩みを止める。

 

 俺の動きを警戒して他のオークが割り込もうと動き始めるが、俺のスピードの方が勝っており、大将を守ろうと殺到するオークを全速力で避けながら進む。

 俺が避けきれないであろう進路上のオークたちは、他のメンバーの攻撃や魔法によってカバーされ、すぐさまターゲットの変更をせざるを得ない状況に陥っていた。


 10メートルほど先にいるハイオークはすでに俺が相手をすることに気付いているのだろう。

 変わらない鋭い眼光でこちらを睨み、その重たそうな金属の棍棒を持ち上げ、戦闘準備は万端である。


(さすがに雰囲気が違うな……。)


 今の俺なら互角以上に戦える相手なはずだが、これまでの経験によってハイオークから威圧感に似たようなものを感じ、気圧されてしまっている自分が居た。


 右手の前には『全てを守る壁』を白色にして展開済み。

 ハイオークにとって俺は警戒すべき相手ではないと判断されたのだろうか、初見であろう壁に臆することもなく棍棒を振り上げて突っ込んでくる。


 俺は焦ることなく、ものすごい勢いで振り下ろされる棍棒に合わせるようにして壁を動かし、そしてぶつけた。


 ドオォォン


(衝撃はない。問題なさそうだ。)

 

 ぶつかった瞬間大きな音が集落に響き渡るが、俺に衝撃は来ていなかった。

 予想通り今回も棍棒と当たった時に発生したであろう衝撃は全て壁が吸収、もしくは反発したのだろう。

 実際にむしろハイオークの方が反発ダメージを受けているようで、大きくのけぞっている。


 (十分戦える相手だ!)


 能力検査のときに雪の氷魔法を受け止めた壁の防御性能に関しては、当然ある程度の信頼を置いていた。

 だがハイオークが相手ということで心の何処かで心配していたのも事実で、内心では実際に『全てを守る壁』が機能して一安心だ。


 ハイオークは体勢を整えるとそのまま攻撃を続け、棍棒を使った攻撃でダメージを与えられていないことが分かると、動き回ったり、蹴りを入れたりしてパターンを変えてくる。

 しかし俺は取り乱すことなく、落ち着いて壁を攻撃の正面に据えそして当てるだけの作業を繰り返す。


 しばらくそのようにしていると、さきほど感じていた威圧感のようなものは消え去って、俺にも周りを見る余裕が出てきていることに気付く。


 (集落のオークもかなり減ったんじゃないか?)

 

 すぐ近くでは、俺をターゲットにしたハイオーク以外の魔物をヒカリさんが倒しているようで、オークが俺から一定範囲内に入ったところで音もなく、静かに消えていく姿が見える。

 離れたところでも他の3人が暴れまわっており、この短時間で魔物の数は半数以下になっているようだった。


 一方俺が相手するハイオークは持ち前の賢さからか、自分に反発ダメージを与え続ける壁を警戒して、攻撃の手数を少なくする作戦に変更しているようである。

 俺に隙ができないかを慎重に見極めつつ、器用に巨体を動かしてヒットアンドアウェイを繰り返す姿勢だ。


 こうなると俺にも更に余裕が出てきて、あとは吸収したダメージをハイオークに当てるだけとなった。

 反発ダメージによって棍棒を握るのもやっとに見えるハイオークに壁を当てるのはたやすく思えたが、俺は油断することなくタイミングをゆっくりと見極める。


(よしっ、今だ。)


 攻撃が終わり先ほどまでのようにハイオークが急がず退こうとしたタイミングで俺は全速前進し、警戒しておらず隙の多いハイオークの体に難なく壁を当てる。

 よろめいたハイオークを尻目に、俺は追撃できるように左手に持った剣を握りなおすが、すでにハイオークは消え始めていてその必要はなさそうだった。


 (ハイオークを単独で倒したんだ……!)


 壁を使って戦う魔物の中では今までで一番強い相手であったため一撃で倒せるのかを心配していたが、ハイオークの攻撃をずっと溜めていたのもあってか、一回で倒すことができた。


 俺は高揚感をどうにか抑え、今度は残っている他のオークたちにターゲットを変えて、数分の間戦い続けた。

 

 どうやら他のメンバーは、俺が苦戦したり危なくなったりしたらすぐに加勢できるように慎重に動いていたようで、ハイオークを倒してからは俺の加勢が必要なかったと思えるほど瞬く間に残りのオークたちが倒されていった。

 予想していていたよりもはるかに呆気なく短時間で戦闘は終わる。


「陽向さん、お疲れ様です。」

「おっと……。ヒカリさんもお疲れ様です。」


 俺の前に涼しげな表情をしたヒカリさんが姿を現す。

 障害物もないこの場所でいきなり現れ、驚いた声を出してしまったがこれがヒカリさんの能力であり気にしても仕方がないことは理解し始めている。


「私が予想していたよりもお強くて感心しながら見ていました。まさか一回も助けに入らずとも倒してしまうなんて。」

「全て能力のおかげです。ヒカリさんもフォローありがとうございました。」


 俺の言葉に微笑みながら頷いて再び姿を消すヒカリさん。

 顔を少し赤くしていたところを見るに意外と恥ずかしがりやなのかもしれないなどと考える。

 しかしハイオークとの戦いに集中できたのはヒカリさんが俺に向かってくる魔物を倒し続けてくれたお陰でもあり、感謝の気持ちは本心からのものだ。


 ヒカリさんが姿を消してすぐに、他のメンバーも俺の方に駆け寄ってきた。


「陽向くん、お疲れ様。良い戦いっぷりだったよ。安心して見ていることができた。」

「お疲れ様!私も上から見ていたけど連携も問題なさそうだったわ。一対一の状況がキープできさえすれば第20階層のボス相手でも問題ないかも!」


 カケルさんの言葉に続き、戦闘時の指令役でもあるミサキさんもそう俺に声をかけてくる。

 試験に合格したような気持ちで嬉しくなり、強く頷く俺。


 言葉を頭の中でまとめ何かを話そうとしたところで、少し遅れてやってきた茜ちゃんが俺の目の前で眠そうにまぶたをこすりながら両手を大きく広げる。


「あ、茜ちゃん?」

「……だっこ。」


 茜ちゃんはそれだけ言って流れるようにして俺の胸に飛び込んでくる。

 カケルさんやミサキさんの言葉とは打って変わった予想外の言葉に予想外の行動。

 訳が分からず戸惑いながら俺が受け止めると、茜ちゃんは俺に向かってニコッと笑ってから、すやすやと寝息を立て始めた。


 さきほどまでの水晶を用いた魔法攻撃で次から次へと勇ましく敵をなぎ倒していた姿とのギャップに驚いて言葉が出てこない俺。


「数時間は動き続けたからさすがに限界みたいだね。これまでの僕の役割は陽向くんに任せることになりそうだ。」

「本当に眠いのかしら。茜。あ~か~ね~!」


 茜ちゃんを親のような目で見つめるカケルさんに、俺にだっこされて眠っている茜ちゃんの頬をつねるミサキさん。

 ミサキさんは相変わらず茜ちゃんには厳しいようだ。


 改めて詳しく話を聞くと、睡眠が通常よりも必要なのは間違いないことで、戦闘が終わったら糸が切れたように眠るのは毎度のことらしい。

 これまでマスターが同行していない時のだっこ役はカケルさんが務めてきたそうだが、茜ちゃんが真っ先に俺に駆け寄ってきたことで、カケルさんは楽になり嬉しい気持ちと自分に来なくなり寂しい気持ちで複雑な表情を浮かべている。


 そもそも茜ちゃんはカケルさんに厳しく接しているので親のような表情も報われていないような気がするが、カケルさんに言わせれば反抗期なだけらしい。

 真相は茜ちゃんにしか分からないが、カケルさんの必死な感じが伝わり笑いをこらえるのに必死だった。


 その後は茜ちゃんが寝てしまったことで反省会をするような雰囲気にもならず、得られた素材等を素早く回収して集落から去り、そのままマスターの喫茶店横のホームに戻ることになった。


「お疲れ様です。陽向くんも初めてのダンジョンゲーマーズとの攻略お疲れ様だね。」

「セイラさん。ありがとうございます!」


 取引所の窓口では、カケルさんが代表して今日得られたもの全てをセイラさんに渡す。

 数時間の探索だったにもかかわらず集落に挑んでかなりの数であったため、周りの職員数名もヘルプで寄ってくる。


「どうだったかはまた後日聞かせてほしいな。」

「もちろんです。必ずまた連絡します!」


 どうやら顔の知れたダンジョンゲーマーズのメンバーが人の多い受付付近に長時間留まるのはまずいということで、査定を待つことなくすぐにダンジョンを出るようだった。

 これまで毎日のように相談に乗ってもらっていたセイラさんと話ができないのはかなり残念ではあるが、俺が茜ちゃんをだっこしていることで周りから注目を集め始めているため、俺としてもここを去ることに異論はない。


(疲れたけど何とかやっていけそうだ。)


 ダンジョンゲーマーズのテストプレイヤーとしての初めてのダンジョン攻略は、思っていた以上に上手くいった。


 初回にして充実した攻略を行えた実感があった俺は、ダンジョンゲーマーズに加わりたい旨を伝えることを心に決めつつあった。

 


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