第26話
裏口から入り、そのまま洞窟を通ってダンジョンに入場する。
取引所へは向かわずに攻略拠点から見て南西にあるオークエリアに直行するようだ。
「この辺りの魔物と戦っても相手が弱すぎて何も分からないだろうし、素早く通り抜けて目的の場所に行こうか。」
その言葉通り、道中でたまにはぐれスライムやゴブリンが現れると、カケルさんが魔法を唱え一瞬にして倒して行く。
カケルさんが使っている魔法はスキルとしても獲得することができ、手数が多くて人気の高い『ファイアアロー』だ。
一般の攻略者の間でもスタンダードで何度も見たことのある魔法だが、カケルさんのファイアアローは精度が高く、全てが命中し全く無駄がない。
魔法の精度や調整に関してはもともとの器用さであったり集中力であったりが関係しているのだが、能力者はそれに補正がかかる。
それに加えて自分の能力に関する属性に関しては親和性が高く、より自在に操ることができるようになるということも聞いたことがあったが、カケルさんの魔法はまさにそれだろう。
(これが能力者……。)
雪の戦う姿もよく見ているため慣れたものだと思っていたが、無慈悲に倒されていく魔物を目にして、能力者の凄さを改めて感じる。
俺も能力者の仲間入りをした今、これを常識にしていかなければならないのだ。
予想していた時間の半分ほどの時間で目的のオークエリアに到着した。
事件があった当日にソロで訪れていたこのエリアは、ゴブリンの上位互換的魔物であるオークが出現する場所だ。
事件から数日は調査のために立入禁止だったと聞いているが、周りを見渡してみると遠くの方に他のパーティーが2体のオークと戦っているのが見える。
トラブルを嫌って攻略者が離れているとのことだったが、少しずつ人も戻ってきているようだ。
「さぁ、ここからはさっき言った通りのフォーメーションを組んで動こう。いくらオーク相手とはいえこのメンバーでの初戦闘だ。油断だけはしないように。」
カケルさんの表情が一気に真剣なものに変わり、掛け声をかけた。
俺としてもオーク自体は何回も戦ったことがあり、能力覚醒前でも一対一ならソロで倒せていた魔物である。
ただ現在『ダンジョンゲーマーズ』は第20階層の攻略を先に見据えているため、更に強い魔物を想定して積極的に突っ込んでいくとのことだ。
そうなるとオークの上位種が出現したり、上位個体のオークが複数体が同時に出現すしたりする可能性のあるこのエリアでの戦いは、決して楽ではないことが予想できた。
今はテストメンバーという形ではあるが、カケルさんたちの人柄を肌で感じて加入をほぼ心に決めつつあった俺は、連携を確認する他にも、戦闘の内外でまずは信頼関係を築くということが大切だと考えていた。
「前方にオーク2体!」
先頭を歩いていた俺が、声を出して他のメンバーにも伝える。
2体とも手に持っているのは木の棍棒。
普通の個体でさえ錆びているとはいえ剣を持つゴブリンとは違い、オークは棍棒を持つ個体が多いのが特徴だ。
だが力の強さは能力者とて油断できるものではなく、まともに喰らってしまえば確実に吹っ飛ばされてしまうだろう。
「陽向くん、左のオークは任せたよ。」
「分かりました!」
パーティーでの俺の初戦闘ということで、まずは様子見がてら俺とカケルさんでそれぞれ1体ずつを担当し、他の3人はフォローに回るようだ。
俺は指示通り、左のオークのターゲットをもらうように飛び出していく。
同時に左右に動き始めたことで上手く2体を分断させることができたため、目の前のオークに集中だ。
そろそろ接敵しそうというところでアイテムポーチから剣を取り出して左手に持ち、右手の前に壁を展開させる。
醜い顔。
豚のような見た目の魔物で図体はかなりでかい。
オークは棍棒を大きく振りかぶり俺にめがけて全力で振り下ろす。
ドンッ
棍棒が壁に当たり鈍い音が聞こえるが、これまでと同様俺自身に衝撃は全くと言っていいほどない。
攻撃間隔が長く速度も遅いため、大して苦労することなく攻撃を受け止めていく。
チラッとカケルさんの方を見てみると、ゴブリンジェネラルが持っていたような巨大な大剣に炎をまとわせ戦っている。
対峙しているオークの棍棒には炎が燃え移っており、相当慌てているようだ。
第20階層に挑むのであれば、こんな所でもたついている訳にはいかない。
俺はもったいぶることなく、反発力を受けて疲れ始めたオークの隙を見て、これまでの攻撃を吸収している壁をオークの心臓付近に軽くぶつける。
壁の後ろに隠れるようにして動けば、相手の攻撃を受けることなく至近距離まで近付けることも、この壁の利点だ。
オークは俺の攻撃を受けてしばらくよろめいたかと思うと、そのまま地面に倒れ、次第に消えて行く。
「うん。ゴブリンジェネラルの攻撃を防ぎ続けていたという話通り、オークの一撃を受けても全く問題なさそうだね。」
すでに先に戦闘を終えていたカケルさんがそう感想を述べる。
「……ひまだった。」
「まぁそう言ってくれるな、茜。先に進めば茜にも多くの魔物を任せることになるさ。」
茜ちゃんは意外にも戦闘狂なのだろうか、眠そうな瞳をしつつも表情は戦いたそうにうずうずとしている。
俺たちは素材を素早く回収して、休憩することなくまた進む。
能力者となり体力も向上しているのだろう、息切れすることもなく、全く疲れも感じていない。
と思ったのも束の間。
その後も休憩を入れずにオークと積極的に接敵し、更には群れにも突っ込んでいく。
他のメンバーがオークを火力で圧倒して倒し、俺も作戦通り一番強そうなオークのターゲットを引き受け、難なく倒して行った。
そしてあっという間に今日の最終目的地であるオークの集落の近くへと辿り着く。
まだ出来たばかりの規模の小さい集落ではあるが、オークエリアを訪れる攻略者がしばらく減るであろうことを考慮して、潰す判断が下されたとのことだった。
あっという間とはいえ休む暇もなく戦闘を繰り返しながら、ここまで突き進んできた。
出来るだけ最短ルートを通ってきたというが、それでも時間にして2時間以上は動きっぱなしだったのだ。
接敵していない間は息を整えられるとはいえ、体力的にも精神的にもさすがに疲労を感じつつあった。
「ここで一旦休もう。10分後に集落に挑む。」
カケルさんがそう指示を出し、俺はすぐ側の木にもたれかかるようにして座る。
「陽向くん、だいぶ疲れたみたいだね!」
ダンジョンに入る前と変わらない様子のミサキさんが、にこにこしながら隣に座り話しかけてくる。
「……はい、正直疲れました。いつもこんな感じなんですか?」
「本気の攻略じゃない時はそうかな。もっと強い魔物がいるエリアになると慎重に動かざるを得ないんだけどね!」
第20階層をあと少しで攻略できたというミサキさんたちにとっては、オークなんてものは警戒すべき相手ではないのかもしれない。
しかし実は能力覚醒前の俺は、オークの上位個体すら雪の助けなしでは討伐を成功させたことがなかった。
これから挑む集落の主はオークの上位個体が5体に、オークの上位種であるハイオークが1体という構成のようだ。
能力覚醒前の俺であったら上位個体1体でも倒せるか倒せないか五分五分といったところだろう。
「ミサキさんもそうですけど、皆さん体力もすごいんですね。最後の方は着いて行くのがやっとという感じでしたよ。」
「そうだったの?普通に最前線で戦ってたのに!」
ミサキさんの言う通り、俺は迷惑をかけてはいけないと疲れを見せないように戦い続けていた。
疲れを見せたくなかった一番の理由は、俺よりもはるかに体力がなさそうに見える茜ちゃんが涼しげな顔で戦っていて、とても言い出せるような雰囲気ではなかったというものであるが……。
「まぁ最初は無理してでも付いてくることも大事かも。今の陽向くんは能力者0歳だから、数年能力者として体力を含め鍛えてきた私たちと差があるのは当然よ。私たちが陽向くんに合わせても良いんだけどね!」
その後もミサキさんから話を聞くが、そのどれもが俺にとっては新鮮な内容だった。
能力が覚醒することによって身体能力面でも強化されているわけだが、当然強化されたからといって能力者全員が同じ身体能力になるわけではないらしい。
それぞれのもともとの体力やポテンシャルも関係するし、鍛えれば向上し、鍛えなければなまるとのことだった。
俺以外のメンバーは全員5年前に覚醒し、そこからダンジョン攻略を続けてきたということで、単純に考えて5年分の差があると考えられる。
そんな話をしていると少し離れたところで休憩していた3人が俺とミサキさんの方に近付いてくる。
「まだ少し時間はあるけど連携の確認をしておこうと思う。これまでの戦いだとフォーメーション的には問題なさそうに思えるからこのままで行こう。一番強いハイオークは陽向くんが担当。その他は相手の動きに応じて各自対応する。正直陽向くんの能力は予想以上だったよ。期待しているからハイオークは頼んだよ?」
「分かりました。」
炎をまとわせた大剣で向かう敵を問答無用で叩ききって行くカケルさん。
空中を飛び回って魔物の背後を取り次々と魔物を倒すミサキさん。
音も気配もなく気付いたときには倒されているという、魔物にとっては幸せなのかもしれないとまで思わせる凄まじい動きを見せるヒカリさん。
細かい鋭利なガラスのような水晶を雨のように降らせ容赦なく魔物を倒して行く茜ちゃん。
これまでの戦いを見るに、これから挑む集落も4人ですぐに戦いを終わらすことができるのは間違いないのだが、これはあくまでも連携を確認しつつ進めるお試し攻略である。
上位種であるハイオークは、この前遺跡型ダンジョンの第4階層で遭遇したオーガと同等の強さとも言われる。
能力者でもないと一人で戦うなんてことはほとんど有り得ないのだが、今回は俺がソロ状態でハイオークとやり合うのだ。
この前オーガを見かけたときは到底敵う気がしなかった。
気持ち的にも余裕をもって第20階層の攻略に挑んで行くためには、ハイオークごときで苦戦はしていられない。
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