第15話
「だって、明らかにおかしいでしょ!第三者の介入があったのは誰が見ても分かること。なのにまだ分からないなんて。」
「セイラ、もう少し言葉を慎め。この方はダンジョン協会本部の方だぞ。」
「そんなの分かってますよ。だけど納得できません!」
激しく怒るセイラさんと、それを必死になだめる男性の声。
(俺は、寝てるのか?何があったんだっけ?)
頭がごちゃごちゃして働かず、体も思うように動かない。
「まぁセイラさんの気持ちも分かる。だが実際、事情を知っているものは話をすることができない状態だ。あの魔道具は私たちも初めて見たもの。直近の調査が終了して安全が確認されるまでは申し訳ないがこの病院内にいてほしい。」
そうだ、魔道具。
俺はゴブリンジェネラルと戦って、能力が覚醒して、助けが来て、そして気絶したのか。
俺は目をゆっくりと開ける。
ぼんやりとしか見えないが恐らくここは病室で、腕には点滴が刺さっている感覚があった。
光に目が慣れてくると、セイラさんにマスター、攻略本編集部の蘭さん、そして妹。
最近関わりのあった4人に加え、40代くらいの初めて見る男性が2人。
最初の会話から推測するに、それぞれダンジョン協会本部とゲーム会社のお偉いさんだろう。
「皆、黙って。お兄ちゃんが目を覚ましたみたい。」
雪の言葉で全員の視線が一気に俺に集まる。
雪が少し顔を近付けて確かに俺が目を覚ましたことを確認すると、扉に一番近い場所にいたマスターが医者を呼んだ。
きっと近くに待機していたのだろう、程なくして白衣をまとった医者が病室に入ってくる。
「清水陽向くん、初めまして。担当の吉川だ。どこか痛いところはないかな?」
簡単な診察が終えられ、今度はそう質問される。
「筋肉痛っぽい痛みはありますけど、他は特にありません。」
「検査では問題なかったようだけど、かなり体を酷使したようだね。じきに反動が来そうだから、1日は2日は動けないことを覚悟した方がいいかもしれない。」
「分かりました。」
死の覚悟までした俺にとっては、1日や2日など正直どうでもよかった。
それよりも怪我なく戻ってこられたことが何よりも嬉しい。
吉川先生は一言二言、雪と言葉を交わしてから退室していった。
「雪、俺はどれくらい寝てた?」
「半日とちょっとかな。今は水曜日の朝10時になったとこ。」
どうやら漫画や小説のように長い間目を覚まさなかったということではないらしく、俺はほっと息をついた。
前日に雪のダンジョン攻略に付き合って寝不足だったことを思えば、少し長く寝たくらいの感覚だ。
半日寝ていたという情報から頭の中でさらっと時間を逆算してみると、やはりゴブリンジェネラルと数時間は戦っていたようである。
それだけ戦えば反動が来ると言われたのも納得だ。
「あれ?マスターとセイラさんは仕事大丈夫なんですか?雪も、任務は?」
「……実は込み入った事情があるみたいなの。」
雪はそう言ってスーツ姿の2人に目を向ける。
「私から話そう。私はダンジョン協会本部の入澤だ。そしてこちらは陽向くんがいつも使っている攻略拠点を運営するゲーム会社のダンジョン部門の責任者である栗原さん。陽向くん、体調は大丈夫そうかい?」
「はい、全然大丈夫です。」
「それは良かった。目が覚めたばっかりの陽向くんには申し訳ないが、実は聞かないといけないことが山ほどあるんだ。」
とりあえず俺は、眼鏡をかけた方をダンジョン協会の入澤さん、かけていない方をゲーム会社の栗原さんと覚えた。
「まずは……、そうだな。最初から状況を整理したい。昨日あったことをそのまま話してくれるかな?」
入澤さんにそう言われ、俺は日曜の夜に倉本から攻略の誘いがあったことから、順に話をしていく。
1人で向かうことになったこと。オークエリアの攻略中に助けを呼ぶ声が聞こえたこと。サークルメンバーが居て、いるはずのないゴブリンジェネラルによってほとんどがす既に怪我を負っていたこと。闇の煙を放つ魔道具のこと。戦闘を始めてかなり苦戦したこと。
そして、能力の覚醒。
6人全員が、俺の話を一切遮らずに、時には息をのんで聞いた。
「陽向君、よく頑張ったな。俺は君の友人であることを誇りに思う。」
マスターがそう言いながら、昨日のように俺の肩に手を置いてくれる。
能力が覚醒したとはいえ、ゴブリンジェネラルとの戦闘は良い思い出ではなく、むしろ悪い記憶。
俺の実力不足により目の前で失われた命のことを思い出し、涙が溢れそうになるが、必死にそれをこらえる。
悲しさなのか、悔しさなのか。
他の人のアドバイス通りスキルを取っていればどうにかなったのではないかと思わないでもない。
一つ一つを挙げればきりがないが、様々な複雑な感情が自分の中を恐ろしいほど駆け巡るのを感じた。
「怪我をしていた4人はどうなったんですか?」
「そのことだが……、怪我自体はそこまで酷くはなかったのだが、4人とも別の病棟に隔離した状態だ。」
入澤さんの話を要約すると、4人とも魔道具から一定距離離れると叫び声をあげ、また宇田も魔道具が手にくっついたように離さないらしい。
魔道具の正体と影響が分からない今は人が近づかないように厳重に警備して、別の病棟で4人一緒に隔離しているとのことだ。
「宇田は魔道具を使ってサークルメンバーを支配していました。恐らくゴブリンジェネラルも魔道具で支配して誘きだしたのでしょうが、何かのきっかけで支配が外れたのだと思います。」
「それならこの前の海外任務でちらっと話を聞いたかも。人や魔物を支配できる魔道具が発見されたという噂がある、って。世間話の中で聞いたことだから完全に無視していたけど。」
雪が俺の話を聞いて、魔道具についての情報を話す。
「なるほど。魔道具の効果についてそうではないかと予想はしていたけど、だいたい理解したよ。それに実はあの部屋の端にはもう一つ魔道具が置かれていたんだ。陽向くんは、誰も助けに来なかったのを不思議に思わなかったかい?」
いくら平日のオークエリアで攻略者が少なめとはいえ、人気の高い攻略拠点の狩り場で数時間誰も現れないというのは、確かにおかしな話だった。
戦闘中はそれどころではなかったから気にもしていなかったが、あの段階でオークエリアにいたのが俺とサークルメンバーだけだったとは思えない。
もし近くに攻略者がいて戦闘に加わらずに助けを呼びに戻ったとしても、それにしては救援が遅い。
「言われてみれば。そのもう一つの魔道具の影響なんですか?」
「そうだ。その魔道具については当協会も情報を持っていた。通称、人払い。その名の通り人を近付けなくさせる魔道具で、効果範囲内に入ったら自然ともとの道を引き返し、それを不思議とも思わない。」
人払い。もちろん俺は初めて聞く魔道具だ。
そもそも魔道具自体が非常に珍しく、効果もダンジョン内と限定的なため市場に出回ることはほとんどないのだ。
「そんな魔道具が……。でもその話で言うと俺が近付けたのは、おかしくないですか?」
「そう、そこだ。私が思うに、陽向くんが現れたのと同時に誰かが取り出し設置して効果を発動させたのだろう。陽向くんは不審な動きをしているものは見なかったか?」
いや。
不審な動きをしている人はいなかったはずだ。
全員怪我をしていたし、唯一可能性が考えられる宇田についても、俺が目を離すことなくずっと見ていた。
アイテムポーチから取り出すのであれば動きに気付くはずだし、置くだけで設置完了といったものでもないだろう。
俺は思ったことを入澤さんに伝える。
「そうだろうな。私自身はおそらく他の誰かが設置したのだと思っている。そもそも闇の煙を放つ魔道具も自力で入手したとは思えないからね。そこで陽向くんの最初の質問につながるわけだ。」
入澤さんの話では、ダンジョン協会の調査でも第三者が関係しているのではないかという結論に至っているらしい。
それでも誰が本当のターゲットであるか分からない以上は、俺に関係のある人物を数日間保護し、様子見がてら安全を確保するということになったようだ。
雪やマスターなどが、ここに居るのもそのためであるらしい。
セイラさんが納得できずにいたのは、第三者の存在が決定的にもかかわらず、ダンジョン協会がはぐらかし、それ以上の調査をしていないからとのことだ。
どうやらダンジョン協会にも何かしらの事情があるらしい。
「俺に関係があると言うのなら、倉本はどうなりましたか?」
「心配しなくていい。彼も保護しているが、どうやら君も話に出した宇田から『陽向に謝りたい』と嘘を吐かれて、どうにかして陽向くんを呼び出してほしいとお願いされていたようだ。彼は重要な参考人かもしれないから本部で別に話を聞いているよ。彼らとのやり取りも全て残っていたからね。」
その言葉を聞いて安心する。
一瞬彼も協力者だったんじゃないかと疑ってしまったこともあったが、倉本の人柄や性格なら、そう言われてしまえば断れなかったに違いない。
「さぁ、他にも聞いておきたいことがいくつもあるが今はここまでにしておこう。もうすぐ君の両親が到着する時間だしね。」
自分の子どもが緊急入院したと聞き、大慌てで向かっているであろう両親の姿を想像し申し訳なくなる。
皮肉なことに家族全員が一度に揃うのはかなり久しぶりのことだ。
「陽向くん。攻略拠点を運営する者の一人として、私たちのダンジョンで大変な思いをさせてしまった君には謝っておきたい。」
そう言って栗原さんが頭を下げる。
栗原さんたちは何も悪くない。
事が起こったのがたまたまそこだっただけのことだ。
むしろ複数の死者を出したことで、この後事後処理に追われるのは間違いなく、責任者である栗原さんを気の毒に思った。
俺からすれば栗原さんも被害者の一人である。
「あぁ、そうだった。陽向くんには、退院したらすぐにダンジョン協会本部に来てほしい。妹さんを身近で見て分かっているだろうけど、申し訳ないが能力者として覚醒した今、これから先は普通の生活が送れないことを覚悟しておいてほしい。陽向くんが望むなら、妹さんと同じようにダンジョン協会の専属になってくれてもいいのだがね?」
「……入澤さん、勧誘はしないとの約束でしたよね?お兄ちゃんはまだ何も知らないんです。」
「雪、俺は別にそれでも。」
入澤さんに強く反論した雪に俺は驚くが、俺のフォローの言葉をさえぎって雪はこう言った。
「能力者も一枚岩ではないの。お兄ちゃんには、また今度話すから。」
予想以上の強い口調で語られた雪の言葉に、俺はこれから先の不安を感じずにはいられなかった。
この先どうなって行くのか。
未知の魔道具に、詳しく話したがらないダンジョン協会。
何かとんでもないことに巻き込まれた気がして額から冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
(今はただ流れに身を任せるしかない。)
廊下から聞こえてきた両親のものであろう足音を聞きながら、流れ続ける汗に抗うように俺はそっと拳を握りしめた。
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