第8話
取引所に入ると、いつもの窓口にセイラさんの姿があったため、一応挨拶に向かうことにする。
外の店は結構な混み具合だが、攻略者が帰りに寄るであろう受付には数人しかおらず、セイラさんの受付はちょうど対応を終えたところだった。
「セイラさん、お疲れ様です。受付は……、まだこの時間はそんなに忙しくなさそうですね。」
「あら、陽向くんにマスター、それに雪ちゃんまで!この3人はかなり久しぶりなんじゃない?」
「セイラさん、お久しぶりです!お会いできて嬉しいです!」
雪がテンションを上げてセイラさんに話しかける。
セイラさんと雪は初対面の時に意気投合して以来、今でもメッセージアプリで連絡を取り合っている仲らしい。
「私も雪ちゃんに直接会えて嬉しいわ。また少し身長が伸びたかしら?」
「そうなんです。もうこれ以上伸びなくていいんですけど……。」
「……陽向君、俺は久しぶりだから物資に足りないものがある。一緒に買いに行かないかい?」
「確かにそれが良さそうですね。」
女子トークが始まってしまい、そこからしばらく動きそうにない雪。
どうやら彼女が取引所に行きたがった理由はセイラさんと話すことにあったらしい。
取引所の中にいる他の攻略者もちらほら雪の存在に気付き始めているようだが、完全に二人の空間になってしまっていて、自ら近付いていくような猛者はいなさそうだ。
さて、いきなり遺跡型ダンジョンに行く上に、俺たちには回復役がいないため、回復系のポーションは全員が持っておくべきものだ。
3人とも攻撃に寄っているため決してバランスがいいパーティーとは言えないが、逆に言えばそこが強みでもある。
しかし、この構成だと必然的に物資にお金をかけてしまうことになるので、費用対効果が薄いのも事実だ。
普段ソロで挑んでいる俺にとって、こんなことを考える機会はなくなって久しいのだが、人数が増えれば増えるほど得られる金額が少しずつ減ってしまうことになる。
安全・安定を取るのか、それともお金を取るのかというのは、人によっても考えが異なる部分だ。
「こんなもので良いか。」
取引所近くの何でも揃うが謳い文句の大型店で、マスターが買い物かごに3本の下級回復ポーションと1本の中級回復ポーションを入れている。
「あれ?今日は最初から遺跡に挑むんですよね。それだけで大丈夫ですか?」
「今日は雪お嬢ちゃんがいるんだろ。彼女が同行者に怪我をさせることはしないと思ってのことだ。」
そうか。確かにマスターの言う通りで、回復ポーションが必須と言いつつも、雪がついてきた際に怪我をしたことは一度もない。
危ないと思った時には壁が現れガードしてくれたり、雪の攻撃魔法が飛んできて寸前のところで倒してくれたりするのだ。
「さぁ、俺は会計を済ませてくる。時間がかかりそうだから陽向君は他の商品でも見といてくれ。」
「はい、分かりました。」
時間がかかりそうといったのは、入る際の手続きは機械化を行っているこの攻略拠点で、ダンジョン内部の会計は全て従来の通り人力で行うという、謎の現象が起こっているからだ。
今のご時世コンビニやスーパーでもほとんどがセルフレジで会計が行われているというのに不思議なことである。
しかし謎の現状と言いつつ、もちろんこれも意図があって行っていることらしく、レジ係が相談役を務めているだとか、初心者にも優しく威圧感を与えないためだとか、そもそもレジは中に持ち込めないだとか、色々と理由の推測は可能だ。
この攻略拠点の店はどこも品揃えが非常に豊富で、自分が今使っている剣もここで買ったものであるし、スキル本、ポーション類も含めて、基本的なものはここで全て揃うようになっている。
マスターに言われた通り、俺は10分ほど剣がショーケースに並べられている一角をゆっくりと眺めながら歩き回る。
自分に手が届かないような剣も色々と売られており、見るだけで楽しいのだ。
「いたいた。あれ、お兄ちゃんその剣が欲しいの?」
「おっと、雪か。あぁ、まぁな。ただ今の俺の実力には不相応だから眺めているだけで良いんだ。」
セイラさんとの話を終えたのだろう上機嫌な妹が、いつの間にか横に立っていた。
買ってほしいと頼めばお金に余裕のある妹は買ってくれるのだろうが、俺はそれを望んでいないし、そのことを分かっている妹もわざわざ野暮なことを言ったりもしない。
「あぁ、お待たせ。雪お嬢ちゃんも合流していたか。」
続いて袋に入れられたポーションを持ったマスターが合流する。
もちろんマスターもアイテムポーチを持っているが、買ってから店の外でポーチに入れるというのが、ダンジョン内にある店のルールだ。
「じゃあ皆準備ができたようだし、行きましょうか。」
「うん。それとセイラさんから伝言!南から行くルートの方が今日は時間がかからないだろうって。」
「おぉっ、それは良いことを聞いた。ありがとう。」
セイラさんが言うなら間違いないと、マスターも俺も迷わず南ルートを選択する。
攻略拠点から見て南西の位置にある遺跡型ダンジョンは、西から進むルートと南から進むルートの二通りの行き方がある。
地図を見る限りは西のルートを通る方が早く着くことができるはずなのだが、同じことを考えている攻略者たちで混み合っているのだろう。
午前中の攻略拠点に比べて道も整備されているとはいえ、決して広い道ではなく、魔物を警戒しながら進むパーティーが複数居るだけで渋滞のように混雑してしまうのだ。
攻略拠点を運営するゲーム会社が出版する地図や魔物の分布等が載った攻略本も持ってきてはいるが、今の俺のホームであるここの周辺の状況は完全に頭の中に入っている。
行き止まりがあって引き返したり、少し道を逸れて魔物と戦闘したり、休憩があったりで寄り道していくパーティーも多い中、俺たちの目的はこのエリアには全くないと言っていい。
(これだけの人が居ればこの周辺の魔物は狩られつくしているだろうし、最速で通り抜けたい。)
俺たち3人は早足で、俺の頭の中の地図通りに、時には森の中をショートカットしたりもして一直線に進んで行くのだった。
小走りのような速度で移動し続けたお陰で、一時間も経たずに目的の遺跡型ダンジョンへと到着する。
ちょうど前のパーティーが第1階層に入ったばかりのようだが、並んでいるパーティーがいないだけタイミングが良かったといえるだろう。
「雪様、本当に3人だけで挑まれるんでしょうか?」
「そうだけど何か問題あるの?」
雪の語気の強い言葉にたじたじになったのは、この遺跡型ダンジョンの入口を管理するダンジョン協会の職員だ。
「問題はありませんが……」
「なら大丈夫でしょ?心配することないわ。今日はそんなに下層まで行くつもりはないから。」
そんなことを言いたいんじゃないというような表情の職員さんだが、雪の表情を見て諦めたのか、攻略者カードを受け取って手続きを始めた。
(職員さんの気持ちもわかるよ……。)
俺は思わず雪に理不尽に詰められる職員さんに同情する。
先ほど入っていったパーティーもそうだったが、ボス級の魔物がある程度の広さの広間に連続して登場してくるボスラッシュ型のダンジョンは、レイドといって複数のパーティーが同時に挑むことが常識だ。
小規模であるこの遺跡型ダンジョンでも最低3パーティー以上、攻略者15人以上で挑むことが推奨されている。
職員さんも俺たちを心配して声をかけてきたのだろうから、俺が嫌に思うはずがない。
ただ雪の強さを信頼している俺としては雪の心配ないという言葉を否定するつもりはないし、マスターも同様だろう。
少し時間は経って、今は第3階層の扉の前。
「よし。ここからが本番だぞ。心の準備はできてるか?」
「はい。俺はいつでも。」
第1階層はスライムの上位個体、第2階層はゴブリンの上位個体と3人にとっては楽な相手であり準備運動を終わらせたというような感じだ。
「第3階層のボスは『ゴブリンの軍勢』だったっけ?」
「そうだ。上位種ゴブリンジェネラルに加えてゴブリンジェネラルが召喚するゴブリンの軍勢。弓矢を使うアーチャーや魔法を使うメイジも召喚されるらしいから十分注意が必要だ。」
「ここまでの連携通り戦えば問題ないはずですよね。」
全く油断はできないが、ゴブリンジェネラル自体は過去にこのメンバーで問題なく討伐できた相手でもある。
強い魔物ではあるが、今の俺ならソロでもポーションを猛烈に消費しながらであれば何とか勝てるであろう魔物だ。
同じ剣を使う前衛でも、魔法を使ってスピードを上げ相手に的を絞らせないマスターと違って、単純な自分の身体能力だけで戦う俺にとって一番警戒すべきことは遠距離からの不意を突いた攻撃である。
俺はゆっくりと深呼吸をし、黒く光る両開きの大きい扉を押して開く。
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