第44話 復讐者

 太陽が姿を見せ、三時間程度が経過する。我々はまたしても同じ手段の帰路を辿り、エルガノンに位置するあの教会へ急いでいた。少しばかりは、まともにその身へ顔向けできるだろうか。

 海を越え、ザスディアを越え、マリウルを越える。『創世司書ライブラリア』の限界を前に、翼竜から降りて脚に頼る事とした。

「いやー、なかなかキツい戦いだったね」

「あぁ。だが、二年前のツケは返せた」

 ザスディアの生き残り、カルトレアとシズクが談笑にぎこちなく笑う。仕方もないだろう、これから、変わり果てたココロの姿と相対するのだ。ザリオンとベルフェゴゥルへのトドメと言えど、やはり後味の悪い戦いだった。

 エルガノン東一番街、少しばかり見慣れた風景に、一段と現実へ引き戻されるよう。早朝の活気付く市場が、騒がしく響く。

「おい、ライア」

 レクトが、静かに語りかける。

「どうした?」

「お前、まだ引き摺ってるな」

 思考を読まれているのだろうか、などとくだらない論を並べていた。しかし単に、拭いきれないもやもやとした何かが表情に溢れていたのだろう。

「復讐に手ぇ出した時点で、俺たちは正義の味方でも何でもねえんだ。敵に同情なんかしてたら、生き辛くなるだけだぞ」

 神妙な言葉が冷たく殴りかかるように。確かに、レクトの言葉は正しい。善人という概念を捨てたからこそ、ギガノスとの戦いで命を奪い合ってきたのだ。倫理観の上で話ができたのなら、彼らの信念すら知り得ぬまま理不尽を抱えていただろう。

「……結局俺は、善人振りたいだけだ。ザリオンと同じだよな」

 正しく生きろ。前世の道徳である。

 うちに含まれる細かな感情などを全て跳ね除けた、上っ面だけのくだらないルール。疑いもなく、アレは正しいこれがいけないと、世間の基準に沿って生きていたのだ。

 

 今だからこそ、分かる。

 翔吾しょうごが世間のルールを放り出してまで、母を想い、父に拳を向けた事。これが世に出れば、秩序の不正と心無く投げ捨てられただろう。裏に潜む、踏み躙られた絶望なんて見向きもされず、偏見に食い荒らされたのだろう。

 今の我々も、評価は違えど、同じことをしている。ギガノスの非道が世間に知られていなければ、同様に人殺しと批難を投げつけられていた。

 結局、正しさなど、本人と一部の境遇にしか存在しないのだ。人間が正義などと語るのは、あまりにも烏滸おこががましく、呆れてしまう様な物なのだ。

 

 

 


 絶望を映す十字架が姿を見せる。その影を追い、一歩一歩と脚を急かし、草の群れを掻き分けた。変わり果てたココロと向き合えるか、いつまでも疑念に支配されているが、勝利を引っ提げた我々は、最後の目的を果たさなければならない。

 視界を遮る背の高い草を薙ぎ払い、その白い壁と対面する。しかし、行手を阻むよう、目と鼻の先へ鋭利な何かが迫っていた。唐突な襲撃に、脚を止めて眼前を睨む。

「……なんだテメェらか」

 ひとつ、声が響いた。どこかで聴いた事がある。行手を阻む鋭利な物体はその身を液体へと変換し、重力のまま地へ落ちる。その先に、長身の男が軽薄な瞳を向けている。

 エルガノン衛兵の一人。カルトレアと共に東一番街へ訪れた時に出会った、長身の男である。

「アグニ、なんでここに?」

 背後から、問いかけるミヤビの声。冷たい風が、周囲を支配していた。アグニの魂は、氷を操る物だろうか。先ほどの鋭利な物体は、溶けて消えたようだ。

「子供の女が二人死んでるって通報があってな」

 シークとココロの事だろうか。何にせよ、国が保護してくれていたというのは心強い。

「とりあえず、ボクが上層と話しつけてくるよ。みんなはゆっくり休んで。そしてレクトは説教だ」

 自業自得といえど、苦虫を潰すレクトには同情しよう。何はともあれ、これで、我々の戦いはようやく終幕という訳だ。

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