ムラサキ ノ カガミ
やざき わかば
ムラサキ ノ カガミ
皆さんは「紫の鏡」という言葉をご存知だろうか。
そう、20歳の誕生日まで覚えていると、「死ぬ」「不幸になる」とされる、都市伝説の一種である。
20歳の誕生日を明日に控えた俺は、やっと酒もタバコも解禁されるとウキウキしていた。今日は彼女と一緒に過ごし、明日はそのままお祝いデートに出かける予定だ。
自宅でゆっくり過ごして23時50分頃、あと10分ほどで20歳というところで、俺は「紫の鏡」を思い出してしまった。単なる都市伝説、噂とはわかっていても、やはり少し気持ち悪い。彼女にその話をすると一笑に付されてしまった。まぁ、それはそうだろう。
気にしないようにしつつ気にしつつ、そしてついに時計は24時を示した。
彼女が盛大に祝ってくれるだけで、異変はとくに起きなかった。やっぱり単なる噂だったのだ。都市伝説なんてそんなものだ。少しでも怯えてしまった自分が恥ずかしい気がして、ふと天井のあたりを見た俺は、そのまま固まってしまった。
俺の視線を追った彼女も顔色を変えた。どうやら同じものが見えているらしい。あるはずのない紫色の大きな手鏡がそこに浮いていたのだ。
人間、本当に驚いたときや恐怖を感じたときは、声も出せないものだ。しばらくそのまま鏡を眺めていたが、突然その鏡面がある映像を流し始めた。
ある少年が映っている。これは中学時代の俺だ。一体なんだ、この鏡は。これから何を見せようというのか。
映像の中の俺は、もっさりとした黒髪を7:3くらいで分け、左目を隠していた。そして左腕手首には包帯を、左足首には黒い布の切れ端を巻いていた。
そう、俺は中学生時代、いわゆる中二病に罹っていた。重病だった。
学生の俺は世を忍ぶ仮の姿で、本当の名は「三位一体の隠者トリニティ・ハーミット」であり、右半身に天使を、左半身に悪魔を宿し、その双方を統括しているのが俺本人の人格であった。ちなみに何故「隠者」なのかは覚えていない。まぁ隠者みたいなものではあったが。
もちろんいろいろな必殺技を持っている。中学時代に書き溜めた「正義の魔書ジャスティス・ネクロノミコン」にきちんと書いておいた。まず左半身に宿した悪魔は、「ライト・オブ・ダークネス」で半径2キロに闇属性の攻撃を加え、右半身の天使は「レフト・オブ・ホーリー」でどんな傷や病気でも治し死者すらも生き返らせることが出来る。どうせなら俺の中二病を治してほしかった。もちろん技名は全て原文ママだ。
また、時間によって表に出てくる人格が天使、悪魔、俺と別れていた。朝は天使、昼は悪魔、夕方は俺であったのだが、不思議とお家ではそれがなかった。お父さんが怖かったからだろう。
幸いなことに、中学時代は生徒も教師も俺を腫れ物に触るかのように扱ってくれたおかげで、いじめられなかったが病症は悪化した。昼でもないのに悪魔が表に出てきたがって、よく左腕や左眼が疼いたりした。左足は何故か疼かなかった。一度やってみたら歩きにくかったからだ。
幸い、中学三年のとき、受験勉強の息抜きになるかと思ってやってみた空手が思いの外楽しくて長続きし、中二病の闘病生活は終わりを告げ、俺のジャスティス・ネクロノミコンも全て封印。つまりゴミ箱に捨て全てと決別したはずなのだが…。
時を超え20歳になった俺とその彼女の前で、紫の鏡は延々と俺の過去を赤裸々に見せつけてくれていた。彼女は呆然とした顔でその映像を眺めているし、俺はやめてくれとめてくれと泣き喚くという、阿鼻叫喚の地獄絵図がそこにはあった。
20歳の誕生日まで覚えていると、「死ぬ」「不幸になる」とされる「紫の鏡」という言葉。
確かに俺はある意味死んだ。
皆さんも、「紫の鏡」という言葉にはお気を付けを…。
ちなみに、彼女には振られた。
ムラサキ ノ カガミ やざき わかば @wakaba_fight
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます