8話 〜魔法使いの少女はお調子者過ぎる〜
裏門入り口の陰から、そいつはひょこっと現れた。
純情可憐なベビーフィス。
赤茶色のショートボブ、ツルんとした肌、クリっとした目、キュッとした鼻、プルっとした唇、小柄な体に少し主張されている胸、そして手に握られているブロンズの魔法の杖。
俺がランドセルのCMディレクターを務めるなら絶対にキャステイングをするであろう、あどけなさを色濃く残す奇跡の女子高生。
小学校、中学校の同級生を経て、現在は高校のクラスメイト。
「え! 何で分かったのー!」
「普通に分かるだろ」
「もしかして魔法? どんな魔法使ったの? あれ? てか剛って魔法使えたっけ?」
この話し方で分かる通りバカである。それもかなりの。
「使えないわ! お前じゃないんだから」
「そうだよね? ビックリしたー!」
麻帆は俺やマニルと同じで、普通の人間と少し違う。
「魔法使い」だ。
いや、見習い魔法使いと言った方がいいかもしれない。
麻帆の意図通りに魔法が発動したのを、俺は一度も見たことがないからだ。
「さっきのアレ、お前の魔法だよな?」
「アレ? アレって何のこと?」
唇に手を当てて、首をかしげる麻帆。
これはとぼけているわけではない、本当に分かっていないのだ。
「さっきの不良だよ。何かしらの魔法を使ったんだろ?」
「あ、それね! うん! 剛がピンチだったからさ!」
「そうか、やっぱり魔法だったか。助けてくれてありがとうな麻帆……」
「お礼とかいいよ! 大丈夫大丈夫ー!」
「なんて言うと思ったか! この大バカ魔法使い!」
「えぇぇぇ! 何で! せっかく魔法使って助けてあげたのに! ひどいひどい〜!」
俺がノリ切れを披露すると、麻帆は魔法の杖でポコスカと叩いてきた。
この魔法の杖の形だが、でっかいクエスチョンマークになっている。
そのため、麻帆が持っていると余計とぼけている様に見え、バカっぽさが増す。
「人前で魔法使うなって、いつも言ってるだろ……」
「だって裏門だもん! 正門じゃなかったもん!」
ナチュラルに韻を踏んでくるな。
「どうせまた失敗したんだろうけどさ、あれは一体どういう魔法なんだよ、そもそも」
「あ、あれはね! 風で吹き飛ばそうとしたら、間違って風邪を引かせちゃったの! あはは……」
「……なるほどな。まぁ、それはやりがちなミスだよな! いやー、麻帆は本当におっちょこちょいだ! はっはっはっはっは!」
「ちょ、ちょっと! 剛、目の奥が全然笑ってないよ? 怖い……。な、なんで笑ってるの?」
「お前の魔法がいつも予想の遥か斜め上をいくからだよ!」
「だ、だって私はミラクル魔法少女だもん!」
俺と麻帆は小学生の時に一度、全校生徒の前で戦っている。
当時から麻帆は自らを「魔法少女」と名乗っていた。
麻帆が教室で披露していたのはスプーン曲げくらいのものだったが、小学校低学年からしたらそれは紛れもなく魔法だった。学校に、勇者くんと魔法少女がいるのだ。
周りは勝手に盛り上がっていき、決闘をする運びに自然となった。
小学一年生にして俺は紳士の心得を身につけており、女子に手を出すくらいなら、さっさと降参してしまう方がいいと考えていた。
だが、決闘開始数秒後に俺は考えを改めることになる。
戦いの火蓋が切られると、麻帆は魔法の杖を俺に向けて、典型的な魔法を唱えた。
『ファイア』
『サンダー』
『ウォーター』
『リーフ』
はたから見れば、それはただのパフォーマンスに過ぎなかったのかもしれない。目に見えるような大きな変化は一見なかったからだ。だが、魔法は確かに発動していた。
俺の体は突如火照り、指先には静電気が走り、額からは大粒の汗が流れた。
そして足元には、小さな雑草が生えた。
このままじゃ危険だ、そう判断した俺は麻帆のもとへ駆け出し、頭に軽めのチョップをお見舞いして勝利を収めた。そこから、麻帆のことを魔法少女だと思うものは、俺とマニルを除いて学校に一人もいなくなった。
「外で魔法使って、誰かにバレたら面倒なことになるっていつも教えてるだろ? この世に魔法使える人なんてお前ぐらいしかいないの!」
「バレても私は大丈夫だもん! 魔法でその記憶を消すから! イェイ!」
「イェイじゃない」
ドヤ顔でグーサインをかます麻帆の額を、指で小突いた。
「うぇっ! もう! 子供扱いしないでよー!」
「風を風邪に間違える奴がそんな魔法使ったら、記憶全部消しかねないだろ。絶対やめろ」
「ぷんだ!」
魔法の杖が小さくなり、麻帆の左耳にブロンのピアスとして戻った。
魔法の杖は麻帆が使用する時にだけ現れる。
杖は体の一部みたいなもので、体内に戻すことも出来るが、すぐに使えるようにピアスとして付けているらしい。
羨ましい限りだ。俺の剣も、そういう仕様なら目立つことはなかったのに。
「とりあえず、はやく教室に行こう。あの不良のせいで余計な時間をくった」
「あ! なら時間、戻してあげようか?」
「結構だ。腕時計の針が物理的に動くだけとか、そんな感じのオチに決まってる」
「…………」
横を見ると、麻帆が吃驚仰天を顔で表現していた。思わずに笑いそうになる。
「もしかしてだけど、私のことバカだと思ってる……?」
「その質問を真剣に投げかけてくるところが、まさにそうだな」
「へん! 自分だけが有名人だからって調子に乗っちゃってさ! 別にいいけどさ! 私だって、いつか偉大な魔法使いになるもんね!」
「そうだな。いつか、世界を救う偉大な魔法使いになってくれよ。楽しみにしてるわ」
そっぽを向いていた麻帆が、俺の方を向いて髪の毛を左耳にかけた。
ピアスが微かに揺れている。
「うん! 私、頑張るからね!」
わざとらしく棒読みで言ったつもりだったが、麻帆は純粋な応援として受け取ったらしい。
これだけ純真無垢でいられるところが、麻帆の長所だ。
だからこそ、私利私欲に魔法を利用する悪い魔法使いには絶対ならないと確信が持てる。
「おう、頑張れ」
なら俺も少しくらいは手助けしてやろう。
形はどうであれ、さっきは助けてもらったしな。
「早速なんだけどさ、魔法使いの塾ってここらへんにある?」
「どこにもねぇよ」
道のりは長い。
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