三羽の烏

青井志葉

一羽目の烏

 月が笑っている。

 昼間に賑わいを見せていた城下町は、いまでは門扉をしっかりと閉ざし、飲み屋の提灯どころか、ろうそくの火さえ全く漏れ出でず、ひっそりと夜に姿を潜ませていた。

 男がヒューヒューと吐き出す息は瞬く間に凍り、白い霧となって風に流れていく。男は刀を握り直した。

 男と対峙するのは、黒い瘴気を耐えず噴き出す存在、額から二本の角を伸ばす鬼と呼ばれる者だった。赤かがちの瞳が夜闇にあってもはっきりと分かるほど、爛々と煌めく。鬼が吐く息はどす黒く、あれに巻かれてしまえば普通の人はひとたまりもない。

 だが、男は普通ではなかった。鬼を排斥するため、己を鍛え、名と刀と魂に誓いを立て、天に奉ずることで鬼殺しの力を我がものとした、普通ではなくなった人間であった。

 男は刀を脇に構え走り出す。一気に距離を詰め鬼の懐に飛び込み、切り上げた。手応えはない。がら空きとなった男の脇腹を目掛けて、鬼の鋭い爪が振り下ろされる。男は刃を切り返し、迫る爪を受け止めようとして、ふと刀身が不自然な形で動きを止めた。男が唇をきゅっと締めた。

 そのとき、鬼の首を一本のくないが貫いた。鬼は動きを止め、一歩二歩と歩くと、がくりと膝をつく。

「今だ、兄貴!」

 男は歯を食いしばり、鬼の腹を真一文字に切り裂いた。しかし、刃は腹わたを引き裂くに至らない。毒々しい黒い瘴気を腹からとめどなく溢れ出る。それでも鬼は死にはしない。

 鬼は首のくないを無造作に抜き捨てると、軽々と立ち上がり、家々の屋根を伝い、瘴気を撒き散らしながら闇に消えていった。

「兄貴、平気か?」

 男に少年が駆け寄った。着物の裾を腰帯でからげた町人然とした服装。腰には打ち刀を佩く、ザンバラ髪の少年だった。

「ああ、問題ない。それより来てくれて助かったよ、アキ」

 男は刀を鞘に納めると、疲れたように笑った。

「そりゃこんな手紙が届いちゃ、心配で飛んでくるって」

 アキと呼ばれた少年は、懐から二つにたたまれた懐紙を取り出し、書面を男に突きつけた。

「『家の前にカラスの死骸が置かれた。イジメかなあ』」

 男は口に手を当て、くすくすと笑う。

「だって事実なんだもん」

「だもんじゃねーよ、クソ兄貴!」

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