記者と刑事
二人の屋敷での生活はなんの問題もなかった。
家政婦の篠田さんは由美の境遇に酷く同情していて、秘密を守り由美のことは
旦那の洋一にも話さなかった。
広い屋敷はやることに事欠かなくて、由美はお庭でお花を育てたり、
お料理を篠田さんから習ったり、掃除や洗濯にも精を出した。
そんなある日篠田さんの旦那の洋一が風邪をこじらせる。篠田さんと洋一は
居宅を持たない。秀樹の屋敷に住民票があった。
以前述べたが洋一は隣の秀樹の病院の用務員の宿直室で寝泊まりしていた。
しかし著しい病態悪化で秀樹の命で篠田さんの部屋で養生する事になった。
必然由美の事も知ることとなった。
洋一もテレビの報道などで由美の事件は知っていた。由美が屋敷に居る事に
驚いたが、直ぐに由美の境遇を理解して秀樹に秘匿を誓ってくれた。
それは由美が屋敷に来てから1年程の出来事だった。
屋敷で養生した洋一は見る見る元気になった。そして女手では滞る力仕事を屋敷でこなしてくれた。
そんなある日洋一が死んだ。
一人の記者が由美の事件を調べている。
誘拐監禁事件の被疑者の名前を長澤一郎という。記者の名は横溝、
横溝は根拠無く事件の取材を続けていた訳では無い。この事件には更に関係者が
あるのではないかと思い取材している。
それは事件捜査に参加したベテラン刑事からの情報提供によるものであった。
刑事は被疑者長澤一郎の収入に疑問を感じていた。
長きに渡り二階堂みくを監禁して全く就労した形跡が無いのに、
長澤は国立の高層マンションに住まい生活していた。
銀行口座には、そこそこの金が残されていた。また長澤一郎は
精神疾患で入退院を繰り返し事件発生前もまともに就労した形跡が無い。
長澤一郎は監禁生活を維持することが、そもそも出来ないのではなかったか。という
疑問を刑事から聞かされていた。
そこで既に被疑者死亡で事件解決した後、捜査結果にわだかまりを持つ刑事に
代わって横溝は取材を続けていたのだった。
横溝の取材でわかったことは、長澤一郎は精神疾患で入退院を繰り返した。
家族は両親健在だが、長澤一郎とは事件発生よりもずっと前からおそらく15年程前から
音信不通で、長澤一郎がどんな生活をしていたか知らない。
長澤一郎は両親と音信不通以降も奥多摩町にある専門病院に相当期間入院歴がある。
しかし事件発生後は入院も通院もしていない。ということであった。
長澤一郎の収入源は不明のままで、二階堂みくからの調書からも長澤一郎の収入源は判明しなかった。
そんなある日、横溝は同業の記者からある噂を耳にする。
二階堂みくは杉並の自宅から消えたと。
この事件、幼少の二階堂みくの写真は公開捜査で公表されたが、
救出後の二階堂みくの写真は未だ未成年者であったので、厳しく報道管制されていた。
よって事件報道の記者といえども横溝以外は救出後の二階堂みくの面体をしらなかった。
横溝は刑事から捜査資料の提供をうけていたから面体を知っていた。
横溝は二階堂みくの両親に取材を申し込んだが、まったく取り合ってもらえずに
行き詰まっていた。そして俺にも取材を申し込んできた。
俺は横溝の取材を受けた。横溝は二階堂みくのその後を知らないか俺に尋ねた。
俺は由美を呼んだ。
横溝は目を見張る。
彼は二階堂みくの救出後の面体を知っている。
横溝は話した。取材に協力する刑事のこと、長澤一郎の収入源に疑問を感じていること、
共犯者が存在するのではないかと感じていることを。
俺は横溝に、情報提供者の刑事を伴って後日改めて取材に来るよう頼んだ。
横溝は快諾した。
俺は横溝に由美の境遇と世間の好奇の目でこの先も余り自由の無い生活を
強いられることを想定した報道をお願いした。
数日後刑事を伴って横溝が屋敷を訪れた。
そして取材が始まった。
二人にお茶を出す。俺は暫く神妙な顔で沈黙した。二人はお茶を口にして、
俺の沈黙に待つ。そして俺は由美と篠田さんを退出させて、二人を相手に話しを始めた。
俺は子供のころ書道を習っていた。
書道教室はここの近所でずっと通っていたが俺が大学生のころに移っていった。今から14年程前のことだ。
移った先は、杉並区で二階堂みくは我が師の元で書道を学んでいた。
俺は師匠の元をたまに訪ねていた。そこで由美を二階堂みくを見つけたと。
刑事は咄嗟に立とうとした。
しかし立てない。
記者も同様だ。
俺は彼らの靴下を脱がせて足の甲にある静脈に用意していた注射を打つ。
そして靴下を履かせて彼等の居ずまいを直す。
そして続けた。
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