第53話 こんなに嬉しくて楽しい誕生日、はじめてです

「はい。どうぞ祐介くん」

 那月さんが冷蔵庫から取り出したのは、既にカットされているケーキだった。

 二層式のスポンジケーキで、生クリームとみかんやキウイ、いちごがトッピングされている、目でも楽しめるケーキだ。

「すごい、綺麗ですね」

 そんなケーキを見て、自然と感想が出た。これ、絶対に美味しいやつだ。

「このケーキは、この地方に数店舗展開しているケーキ屋さんのケーキなんです。なんでも創業者さんの一番弟子さんが、これを買ったお店の店長さんなんですよ」

「そうなんですね」

 ということは、俺や那月さんの地元の県にもこの店があるのかな?

「お若いのにこれだけ綺麗にケーキを作られてるのが本当にすごいです」

「あ、店長さんって若いんですね」

 創業者の一番弟子って言ってたから、てっきり俺の倍以上の年齢の方かと思ってた。

「三十代前半って言ってました。私は自分より少し年上の人かと思ったのでびっくりでした」

「その店長さん、ケーキがとても好きな女性なんですね」

「いえ、店長さんは男性でしたよ」

「え? マジですか!?」

「はい。奥様もいて、奥様もお手伝いをしているんです」

 マジか……ケーキ屋さんの店長って女性のイメージしかなかったからびっくりした。

 これだけ美味しそうなケーキを作れる人だ。ケーキを心から愛していて、相当修行を積んだんだろうな。

「それと店長さんがイケメンで、店内にいた女性のお客さんはその店長さんを見ている人が多かったですね」

「えっ!?」

 イケメンでケーキが作れるとか、めちゃくちゃモテ要素じゃないか。

 きっとその店長さん目当てでそのお店に足繁く通う女性客も一定数いそうだな。

 というか、那月さんの口から「イケメン」って聞くの、初めてだな。

 男運がゼロって言っている那月さんだけど、この容姿と性格で今まで那月さんは相当モテていたはずだから、イケメンなんて星の数ほど見ているはずだ。

 そんな那月さんにイケメンと思わせるんだ。その店長さんはマジでかっこいいんだろうな。

 どんな人なのかちょっと興味が出てきた。

「お酒はケーキのあとに出しますね」

「わかりました。ありがとうございます」

 俺にとって、人生で初めて飲むことになるお酒……。他のものを食べながらじゃなくて、ちゃんとその味を楽しみたいと思っていたので、那月さんの心遣いには感謝しかない。

 俺には合わない可能性だってあるけど、だけど、それも含めて楽しみたい。

 同居をはじめてまだ一ヶ月も経っていない那月さんが俺のために選んでくれたお酒だから。


「では祐介くん。お酒、持ってきますね」

「はい。お願いします」

 ケーキを食べ終え、いよいよお酒を飲むときがやってきた。

 ケーキは文句なしに美味しかった。スポンジはふわふわで、生クリームも口にした瞬間、そのとろけるような甘さが口の中いっぱいに広がって、自然と「うまぁ……」が出てしまった。

 乗っていたフルーツもすごく瑞々しくて美味しくて……一発でこのケーキを提供しているケーキ屋さんのファンになってしまった。

 今度は直接店舗に行って食べるのもいいかもしれないな。那月さんも一緒に───

 ……いやいや、それじゃあ那月さんとデートみたいになってしまうな。

 こんな冴えない『振られ神』と一緒にケーキを食べに行くなんて、いくら優しい那月さんだって遠慮したいはずだ。

 彼氏と間違えられるのも、那月さんを困らせてしまうだけだし、やっぱりケーキ屋に行くのはナシだな。

 俺はバカな考えを消すために、頭をぶんぶんと振った。

「?」

 そんな俺を、冷蔵庫を開けた那月さんが見ているとは知らずに……。


「では祐介くん。いよいよワインを飲んでみましょう」

「はい」

 ケーキを食べ終えてから少しして、那月さんが言ったように、ついに生まれて初めてのお酒を飲むときがやってきた。

 那月さんは冷蔵庫からさっき見せてくれたボトルを取り出し、それをゆっくりとテーブルに置いた。置いた時の『コトッ』という音ひとつで、俺はドキッとしてしまった。どうやら自分でも気が付かなかったけど、緊張しているみたいだ。

 それから那月さんは食器乾燥機から、この家では見たことがないグラスをふたつ取り出した。それはレストラン等で見かける、ワインを飲むために用いるグラス……ワイングラスだった。

「那月さん、それ……」

「あ、これですか? じつは今日のためにワインと一緒に買ってきたんです」

「ま、マジですか……」

 俺は普通に、いつも使っているコップで飲むのだと思っていたから、まさか那月さんがグラスまで用意してくれていたのには驚いた。

 もしかして、今日俺をキッチンに近づけさせなかったのは、単純に誕生日だというのと、このワイングラスの存在を気取らせないため……?

「……や、やっぱりご迷惑でしたか? 勝手にグラスまで買っちゃったのは」

「っ! ち、違うんです那月さん!」

 マズった。俺の薄いリアクションを見て、那月さんは俺が怒っているものだと思わせてしまった。

 最近は那月さん、笑顔になることばっかりだったからついつい失念していたけど、那月さんの前までいた環境を考えると、やっぱりちゃんと口に出して言わないとだよな。

 おそらく元カレどもの誕生日にも、今日みたいに……いや、今日以上のことをしていたはずだ。だけどその元カレどもは感謝を伝えることもしていなかったのかもしれないし、それ以前に那月さんからのプレゼントを気に入らないからといって捨てたり売っぱらったリした可能性だってある。

 那月さんの心にとって、マジで劣悪な環境にいたのだから、その考えはこんな短期間で消せるほど簡単なものじゃない。

 半月以上の同居で、俺が那月さんの元カレどもとは違うと認識してもらえてるとは思うけど、やっぱり根っこの部分は不安でいっぱいなんだ。

 だから、俺が今するべきなのは、思ったことをそのまま口にすることだ!

「嬉しいんです。那月さんが俺のためにいろいろ用意してくれていたのが……すごく、すごく」

「祐介くん……」

「こんなに嬉しくて楽しい誕生日、はじめてです。だから、本当にありがとうございます。那月さん」

「っ……はい!」

 那月さんは満面の笑みを見せてくれた。やっぱり那月さんは悲しい顔より今みたいな笑顔が似合う。

 そして那月さんも楽しい気持ちでお酒を飲めることを思うと、俺も自然と笑顔になった。

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