第15話




「だってその方が聖女サマ俺の言う事訊いてくれるでしょ?」

「……はい?」


 言葉の裏に、これからいつもの流れが来そうな気配をひしひしと感じる。アンネだけではなく、カイまでいるから自重せねばと思いはするが、そんなセレスの努力を吹き飛ばしそうな表情をシークが浮かべているので無駄な努力となるやもしれない。


「貴女が狙われているから、絶対に一人にならないでください。不審な奴が近付いてきても相手しちゃ駄目ですよ、なんて言ったら余計に一人で突っ走るでしょ聖女サマ」

「そんなこと……!」


 ない、とは言い切れないのが悔しい。いや、流石にセレスだって自分の力量は理解している。あの時シークと話をしたように、あくまで自分が出来るのは逃げる為の護身の術であって、相手を倒したりする様な物ではない。だから、一人で立ち向かうだとか、どうにかしてやろうだなんて思わない、はずだ。


「でもまずもって最初の時点で『じゃあ参加するのは止めて教会に引き籠もってます! 誰が来ても外には出ませんから大丈夫です!』くらいは言うでしょ?」


 腹が立つ程にシークの自分へ対する解像度が高い。それは言う。絶対に言う、とセレスは唇を噛み締めつつも頷いた。


「絶対に一人になるな、ってのは守ってはくれるでしょうけど、でももし万が一、一人になった時に、ってのは怪しいと思うんですよね。誰かに声を掛けようと思っても、手近な所にいなかったら『まあ良いか』でそのまま連れ出されそうだなと」


 それもまさにその通り、とこれまた頷く。全ては「アンネのため」と思っていたからこそ、中庭に誘われた時に、近い所に誰もいなかったからセレスはわざわざ喉が渇いたと言って侍女の傍へと向かったのだ。


「自分の為に、って言っても聖女サマは半分くらいしか訊いてくれないだろうけど、アンネ様の為だと言えば絶対に守るだろうなと思ったんです」

「わたしへの理解度が高すぎじゃないですか!?」

「この二年間貴女の事だけを見てきたんですから、そりゃこれくらい把握しますよ」

「なんだか言い方が気持ち悪い」

「いっそ清々しいくらいに俺への言葉が辛辣」


 通じねえなあ、とシークは笑うが、セレスはすでに脳の許容量が一杯すぎて何も理解できない。


「とまあ、だいたいこんな感じなんですけど聖女サマ、理解してもらえました?」

「まったく……これっぽっちも理解したくはないんですけどぉぉぉぉぉ……」


 ぐおおおお、とセレスはアンネにしがみつく。今度はアンネが背中を優しく撫でてくれ、それだけでもセレスは泣きそうだ。


「…あの人は最終的にどうなるんです? レノーイの王太子なら…そのまま帰すんですか?」


セレスの問いにまさか、とシークは鼻で笑う。


「レノーイは知らぬ存ぜぬで通すでしょうけどね、せいぜい高値で売りつけるんじゃないですか? 生死については、向こうがどう判断するかによるかと思いますが」


 シークの仕事は要人の護衛であるからして、その先は範疇外だ。


「あの男がどれだけシラを切ろうとも、こっちには証拠も証人もいますからね」


 その言葉にセレスは顔だけを上げる。証人とは? と不思議そうにしているのが露骨に伝わったのだろう、シークはなんとも底意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「我が国に侵入してきた襲撃者は五名。その内の一人があのクズで、残り四人はレノーイの暗殺部隊の連中なんですが」


 王太子自ら、部隊を率いて襲撃である。そんな馬鹿な事ってあるのか、と突っ込みをいれそうになるが実際あったのだから笑い話にもならない。


「作戦を立てても聞きやしない、好き勝手に動こうとする、命がけの任務なのにそれを王太子が尽く邪魔をしてくる、って事で、見事にあの王子様裏切られましてね」


 元から忠誠心を根刮ぎ奪う様な人物であった。そこにトドメの今回の任務。暗殺部隊に所属していながら、彼らは全員王太子を裏切り、襲撃の情報をシーク達に流してきたのだ。


「当然情報の正確性やらは念入りに調べましたよ。その上で、これは本物だって事で後は上の方で話が進んで、その結果が今です」


 はああああああ、と最早息なのか魂なのか分からない何かがセレスの口からひたすら漏れる。


「あの国の王族自体が元からクズみたいですが、それでも王太子が抜きん出ているみたいですね」

「その……裏切ったって人達はどうなるんですか?」

「身の安全の保証を前提に、で今回の裏切りなので殺したりはしませんよ。もちろんレノーイに強制送還、ってのもありません。向こうに戻れば間違いなく殺されるでしょうしね」


 心配げなセレスにシークは少しだけ表情を和らげる。


「そいつらの処遇も含めて、我が国が誇る性格捻くれ宰相様がどうにかしますよ。あの人そういうの本当に得意なんで」

「君も得意そうだが?」

「国同士のやり取りなんて俺なんかにできるわけないでしょ。その辺は宰相様の独断場です、俺の出る幕は無い」


 カイの軽口をシークはさらに軽口で返す。そんな二人のやり取りに気が緩んだのか、セレスもポツリと呟いた。


「……あなたより捻くれた人がいる王宮こわい」

「聖女サマ余裕じゃないですか」

「これは少しでも正気を保つために必要な悪口です」

「俺への悪口で聖女サマの心の慰めになるなら本望です」

「今日ずっと言い方が気持ち悪くないです?」

「聖女サマこそほんとずっとキレッキレですね俺への悪口」


 セレスはアンネにしがみついたままなので、この時のシークの表情も、そんな二人を見守るアンネとカイの様子も、何一つ知る事は無かった。





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