第12話




「貴女を巻き込む事だけはしたくなかったの……でも……」

「それに関しては我々が原因だ。本当に申し訳ない、聖女・セレス」

「あああああどうぞお気になさらず!?」


 隣国の王弟が膝を着いて詫びてくる。セレスは慌てて立ち上がろうとするが、アンネが抱き付いたままなのにそれもままならない。


「本来なら貴女には何も知らせず、普段通り教会で過ごせる様にするはずだったんだ。教会という限られた場なら、護衛を数人付けていればそれで守る事ができるから」

「数人!?」


 セレスを守るだけなら一人で充分ではないのか。話の空気からして一人が二人になった程度の様子ではなく、そんなにも複数の人間に守られなれないと駄目な状況だったのかとセレスは知らず身体を震わせる。


「でも……あの、本当にどうしてわたしが……?」


 聖女だなんだと言われているがそんなのは所詮この国の中だけの事だ。この「聖女」と言う存在だってぶっちゃけたいした物ではない。縁結びの加護、と言いはするがそれだけで、神の声が聞こえるだとか、未来を視る力があるだとか、病気や怪我で苦しむ人を瞬時に癒やす力があるだとか、そんな一般的な奇跡と呼ぶ様なはっきりと分かる様な力では無いのだ。

 聖女が神に祈り、その加護で良縁が結ばれた、と教会は言っている。けれど、そんなものは気の持ちようでしかなく、実際は本人が自力で結んだ縁だとセレスは考えている。これまでのその人の生き様が縁を結ぶだけで、自分はその背を押す切欠にすぎないと。


 こんな事を言ってしまったら教会の権威にヒビが入るし、何よりその加護だの聖女だのという不確かな物のおかげで生活できているので、申し訳ないなあと思いつつ、せめて祈りだけは心の底から捧げている。

 自分が狙われるとしたら「聖女」としての立場によるものだろうが、その実態はこんなものでしかない。他国に影響がある様な事でも無いというのに、何故標的になるのか。


「――誰かと勘違いしていたとか!?」


 まさに天才の閃きの如く浮かんだ答えに、セレスは思わず笑顔にさえなる。だが、そんなセレスの希望は全力で打ち砕かれた。


「残念ながら、十割全部聖女サマが狙いです」


 そう言い切るのは勿論シークだ。  


「だからどうして!?」

「貴女が私とアンネの縁を結んでくれたからだよ、セレス」


 続くカイの言葉にセレスは固まる。え、と声にならない声を漏らし、セレスはアンネに抱き付かれたままじっとシークを見つめる。


「できるだけ順に説明していきますから、とりあえず座りませんか? いいですよね聖女サマ?」

「……あ、はい! そう、ですねお座りください!!」


 話の展開についていけずに呆然としていたセレスであるが、たしかにいつまでも王弟を跪かせてはいられない。カイとシークが向かいにある一人がけのソファにそれぞれ腰を降ろす。アンネもようやくセレスから離れるが、傍にぴったりとくっついて座っている。さらには、セレスの片手をしっかりと握ったままでいるので、なんだかとても気が落ち着かない。

 新たに茶が淹れられ、ついでに軽くつまめる物も用意される。宴の場ではあまり食べられなかったので空腹ではあるが、これからの話の中身を考えると途端に胃が狭くなり、せっかくの目の前のご馳走にも手が伸びない。


「聖女サマ腹減ってるんじゃないですか? 食べながらでいいですよ」


 この状況で食べられるわけないでしょう!! といつもなら言い返す所だが、アンネどころかカイまでいるので流石にセレスは口を噤む。その代わりと言ってはなんだが、全力で睨み付けてみるが軽く笑って流された。


「さて、何から言ったらいいですかね? ちょっと話が前後したり、さっき話した事の繰り返しになったりしますが……まず最初に、聖女サマを襲ったあの男はレノーイの第一王子なんですが」

「初手から情報量が多い……」


 セレスは両手で顔を覆う。他国の王子に狙われる理由が微塵も理解できない。


「あとあの人あんなにガラが悪いっていうか、性格っていうか……性根が腐ってるみたいな人だったのに、なのに王族なんですか!?」

「王族だからご立派なんて、そんなわけないでしょう。いやあどこも第一王子には手を焼かされて、下っ端の人間は苦労しっぱなしですよ」

「含みも多い……!!」


 やはりあれか、アンネの元婚約者と言うのは病により王位継承権を弟に譲ったと言われている自国の、との考えがセレスの脳裏を駆け巡る。いやああああそんな世俗のアレコレソレは知りたくないいいいい、と声を上げずに身悶えるセレスに構わずシークは無情にも話を進める。


「レノーイがずっと我が国含めて、周辺の国にちょっかいかけてるのは聖女サマご存知です?」

「それは……とりあえずは知ってますけど」

「あそこにとって目の上のたんこぶなのが大国のリフテンベルフで、そのリフテンベルフと長年争いつつも最近和平を結んだのが」

「私の国であるイーデンだ」


 セレスは黙って頷く。横でアンネが手を握ってくれているのが今となっては心強い。


「イーデンとレノーイは敵対していたわけではありませんよね?」

「ああそうだ。だが、虎視眈々と狙ってはいただろうな」

「レノーイとリフテンベルフも戦争状態ではなかったはずです。でも、大国とその強豪国が和平を結び、王族同士での結婚まで行われた……それが、レノーイにとってはええと……おもしろくない?」

「今すぐではなくとも、いずれ何かしらの行動を取った時に確実に最大の敵になるのはリフテンベルフだからな。そんな所に、小国とはいえ我が国が同盟関係となったのはレノーイにとっては邪魔でしかないだろう」


 カイの説明はセレスが考えていた通りの物だ。ここまでは特に疑問も無く話を聞くことが出来る。


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