第7話
誘われるままに中庭へと出てしまった。周囲はほんのりと灯りがありはするが薄暗い。人気も無く、これは一般的にいってもあまりよろしくないのではなかろうか、とセレスはふと思った。まあ自分は身の安全だけは確保されているので、そういった意味でも大丈夫だろうと暢気に灯りに照らされた花を愛でる。すると、セレスを案内するように前を歩いていた青年が歩みを止めた。
「こんな所までお連れして申し訳ない。実は、どうしても貴女と話がしたかったのです……聖女、セレス」
真摯な眼差しがセレスを射抜く。セレスはそれを正面から受け止めながら、思うままに口を開いた。
「よくご存知でしたね、わたしの名前」
初めて見た、と言っていたのは彼自身だ。セレスとしても教会で出会った記憶は無い。大きな儀式の時にもしかしたら同じ場にいた事があったかもしれないが、そういった時はセレスは頭にベールを被っているので顔を見られるはずはない。
「それに、その服は少なくともフェーネンダールの物ではありませんよね? イーデンの方とも違う様ですが……」
「え……ええ、はい、そうですが」
「それなのに、わたしの名前も役職もご存知だったんですね」
青年は目に見えて動揺している。えええ、とセレスは声をあげそうになるのをぐっと呑み込んだ。
わざわざセレスに気がある様な素振りでここまで連れ出したにも関わらず、そのままその設定で進むでもない。即本題に入るためかと思いきや、どうやらそうではないらしい。まさかセレスに突っ込まれるとは思っていなかったからか、視線を彷徨わせどうしたらいいのか懸命に考えている様だ。
「つまりはさっきの美辞麗句は嘘だったと」
別に本気で言われているとは思っていないけれど。それでもあからさまに嘘だと言われるとそれはそれで腹が立つ。セレスの声は小さかったので幸いにも彼にはよく聞こえなかったらしく、視線だけが飛んできた。
「まあ別にわたしの名前をご存知だったのはいいです。それで、お話と言うのはなんでしょう?」
本当はもっと少しずつ話を詰めていかなければならないのだろうけれども、そんな腹の探り合いをする技量をセレスは持っていない。面倒くさい、というのが正直な所だけれどそれは脇に置いておく。
「貴女に心を奪われて」
「アリガトウゴザイマス」
心が籠もっていないのはお互い様だ。茶番はいいからさっさと話を進めてください、とセレスは言外に圧を掛ける。青年もそれを感じ取ったのか、バツが悪そうにしつつも言葉を続けた。
「貴女を想うからこそ、今の貴女の立場がどうしても許せないのです。どうか、私と共に来てくださいませんか?」
「どこに?」
そう突っ込みそうになるのをわりと必死に堪える。この二年間、ポンポンと言い合う生活が続いたせいですっかり突っ込み癖がついてしまった。ここで「どこに」と言わなかったのは、目の前の青年への不信感が強すぎるからだ。あの会話のやり取りは、気心が知れた相手としかできない。
それともう一つ。初対面の相手にいきなり不憫がられた。それがどうにもセレスには我慢ならなかった。
「……特に、そう、言われる様なことはありませんけど」
喧嘩腰になりそうなのもセレスはどうにか耐える。しかし少し間が空いての返事に、どうやら相手はセレスが思い詰めているのだと勘違いをしたのか、途端に得意気に語り出す。
「孤児であるからといいように教会に扱われ、あまつさえ聖女として祭り上げられている貴女! 一人の人間、女性として生きる道を閉ざされ、便利な道具として扱われる貴女を思うと胸が張り裂けそうなのです!!」
うわあ、とセレスは顔を顰める。ついでに声も漏れたかもしれない。それ程までに呆れてしまう。
「私は貴女に一人の人間としての尊厳と、そして一人の女性としての幸せを掴んで欲しいんです。そして、私はそれを与える事ができる……だから、どうか、私の手を取っていただけませんかセレス……!」
「いえ、結構ですお断りします」
え、と青年は右手を差し出したまま固まる。セレスとしても「え?」となるしかない。どうして彼は、今のこの流れで自分がその手を取ると思うのだろうか。
「遠慮は」
「してないですね」
「どうして!?」
「現状に何一つ不満が無いからです」
完全に彼の思い込みでの話だ。教会でいいように扱われた事など一度も無い。孤児だからこそ、せめて読み書きはできなければ一人で生活ができないと教育された。それ以外にも簡単な針仕事や料理、才能が見出されれば貴族の屋敷で働けるだけの知識も得られる。セレスが育った教会は、そういった理念を掲げた所だ。食事だって、財源は決して豊かではないのに孤児全員に与えてくれた。セレスがあまり栄養のある物を食べられなかったのは教会に保護されるまでで、それ以降は三食きちんと食べられる生活。寝床だってきちんとあるしで、セレスは教会に恩こそあれ恨みは欠片も無い。
聖女としての力が認められた時など、これで教会に恩返しができると喜びさえしたのだ。
そんなわけで、勝手な思い込みというか偏見で教会を悪し様に言い、そしてセレスを不憫な人間であると言い切る目の前の男の手など叩き落としたいくらいだ。
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