第3話
アンネの悪縁を絶ち、子どもらに降り懸かっていた不幸を絶ち、国にとっても悪しき存在でしかなった集団を絶ったという事で、セレスの名は多くの国民に広まった。
「本当に……セレス様にはなんとお詫びをしたらいいのか……」
「いいえアンネ様それは違います。何度も言っていますが、これに関しては悪いのは全部あのくそや……ええと、元・婚約者の彼であって、アンネ様に非は一切ありませんから!」
「でも」
「アンネ様と出会えたことは、わたしにとってとても嬉しいんです。良縁なんですよ。だから、そんな風にご自分を責めないでください」
「……ええ、そうね、わたくしにとってもセレス様と出会えた事は本当に……良きご縁が、結ばれたと思うわ」
「俺とも縁ができましたしね」
「あなたとの縁はできれば今すぐ切りたいところですが」
「ほんとつれねえなあ聖女サマ」
くつくつと喉の奥で笑う騎士と、それを腹立たしげに睨み付ける聖女、そんな二人を楽しそうに見つめるご令嬢。そんないつもの光景であったが、その内一人の様子が徐々に変化していく。
「アンネ様?」
美しい笑みがいつの間にか消え、アンネは何やら思い詰めた様に表情を硬くしている。そんな彼女の様子にセレスはどうかしたのかと声を掛けるが、アンネは視線こそ向けるものの唇は閉じたままだ。
「なにか……お悩みごとですか? 後ろの人邪魔なら出て行ってもらいます?」
アンネは静かに首を横に振る。邪魔扱いされたシークは無言のままアンネを見つめており、セレスは否応なしに面倒ごとの気配を察してしまった。
どれ程面倒くさかろうと、その原因がアンネであるのならばセレスは喜んで手を貸すつもりだ。むしろ自分が役に立つのならば、遠慮せずにどんどん使って欲しい。それくらいアンネの存在は大切であり、勝手ながらも友人だとも思っている。友を助けるのは当然なのだからと、そう言ってやりたい気持ちは山々なれど、後ろにある存在がそんなセレスの友情を押しとどめる。
今から話をされる中身に関わってしまったが最後、とんでもない結末を迎える気がしてならない。セレスに先読みの力は無く、これは完全なるただの勘だ。しかしながら聖女として某かの力は持っているわけであるからして、勘の一つと括るには軽すぎる。
とはいえ目の前のアンネも最後の一歩を踏み出せずに苦しんでいるのだから、セレスはゆっくりと呼吸をし、そして覚悟を決めた。
「なんでも言ってくださいアンネ様。聖女としての役目はもちろんですが、わたしはアンネ様の友人でもあるつもりなんです。友達が困っていて、それにわたしの手が必要だったら、わたしは喜んで手を貸しますよ」
途端、アンネの顔が喜色に満ちる。ここまで素直に感情を表す彼女も珍しい。常に淑女としての姿勢を崩さないのは立派だと思うけれど、セレスとしてはこうして喜びも悲しみも見せてくれる方がとても嬉しい。
「聖女サマは感情が表に出るってか裏ないですもんね」
「ほんっっっっとうに人の頭の中見るのやめてもらえます!?」
「だから、そんな真似しなくったって聖女サマが顔に出すんですってば」
「セレス様!」
「はい!」
いつの間にかアンネは席を立ちセレスの前に跪いていた。
「アンネ様立ってください! ドレスが汚れてし」
「わたくしの聖女、そして、わたくしの大切な友人である貴女にお願いがあるの」
感情が余程昂ぶっているのだろう、アンネの瞳が潤んでいる。セレスの両手を握り、自分の胸元に抱き込む様にしてセレスを見つめるその威力の凄まじさといったら。
麗しき令嬢からの上目遣いでの懇願である。これを拒絶できる人間が果たしているのだろうか。聖女だなんだと言われようとも所詮中身は元気が取り得の一般人であるセレスには、これに対抗できるだけの手段など無い。そもそもからして断るつもりも無かったのだから、ただただ美しさの前に「ひあああ」と気の抜けた声を漏らすだけだ。
「セレス……」
「なっ……なんでも言ってください大丈夫ですわたしでお役に立てるならばなんだってやってみせましょう!」
「わたくしの婚約披露のパーティーに貴女にも参加してほしいの」
「婚約……え!? アンネ様婚約なさるんですか!? わー! おめでとうございます!! 素敵!! やったー!!」
身構えていた所にまさかの答え、でセレスは思わず立ち上がった。そのままアンネの手も引いて彼女を立たせると、ピョンピョンとその場で跳ねて喜ぶ。
「そうですよねこんなに素敵なアンネ様なんですもの、婚約者の一人や二人や三人四人でてきたっておかしくないし! なんならこの二年間そんな話がでなかったのがおかしいくらいだし!! この国の男性は一体なにをやってるんだろうって司祭様や他の皆と話をしてたけど、ついに!! やっと!!」
「えらく俗っぽい話してますね教会の面々」
「あ、でも待ってくださいこれって喜んでいい方です!? 前みたいにろくでもないのが相手なんでしたら、わたし渾身の縁切りをかましますよ!!」
「自分で縁切り言ってんじゃんなー」
いちいち後ろからの突っ込みが五月蠅くはあるが、今はそれに構っている場合では無い。
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