縁切り聖女と呼ばれていますが、わたしの使命は縁結びです!
新高
第1話
「どうぞあなたに、素敵なご縁がありますように」
暖かな陽の光が降り注ぐ聖コンティオラ教会の中で、静謐な少女の声が広がった。
慈愛の女神・マーヤは恋人達の縁を結び、家族を守る女神としてフェーネンダール国で古くから信仰されている。この教会ではその女神を奉っており、日に数回、聖女が祈りを捧げては悩みを抱えた信徒へ女神の祝福を与えていた。
セレスはそんな聖女の内の一人である。銀糸の様に細く長い髪を持ち、紺碧の空と同じ色の瞳を持つ。元々は捨て子で、地方の教会が運営する孤児院で育てられていたが、聖女の力が発現し、しばらく経ってからこの王都の教会へと移り住む事になった。
幼少期にあまり栄養のある物を食べられなかったせいもあり、推定される年の割には細身である。そのせいで、やたらと子ども扱いされがちなのが多少なりともセレスの劣等感を煽るのだが、今は儀式用のベールを頭からすっぽりと被り、白を基調とした祭服に身を包んでいるので気にせずに済んでいる。
そんな一人の人間としての葛藤を抱えつつ、今日もセレスは何度目かになる儀式を執り行い、不安に満ちた顔をしていた少女に女神の祝福を授けた。少女はパアッと顔を輝かせるとセレスに何度も礼を言い、そして小走りに外へと飛び出して行く。
「来た時は今にも死にそうな顔してたのにな」
「女神様の祝福のおかげです。これできっと彼女の恋は順風満帆ですよ」
セレスは少女の背を見送った後、ゆっくりと背後を振り返った。真っ直ぐ向いただけでは紺地の服しか目に入らないので、腹立たしく思いながらも顔を上へと向ける。まったくもって背が高すぎるのだ、この相手は。
「女神様の祝福の前に、聖女サマの呪……ご加護がありそうだけどなー」
「呪いって言いかけた!」
「ご加護ご加護」
一々腹が立つ言い方は彼の癖、だと思いたい。決して自分に対してだけこんな口調ではないはずだ。
セレスに対してニヤニヤとした表情を隠そうともしていないのは、警邏隊の制服に身を包んだ長身の青年だ。セレスは細身ではあるが、特段背が低いというわけではない。それなのに彼の前に立つと頭の天辺は彼の顎下辺りまでしか届かない。見上げた先にあるのは短くこざっぱりと纏められた鉄灰色の髪に、深く落ち着いた緑の瞳。整った顔立ちは常に自信に満ちているが、セレスにとってはふてぶてしい面構えにしか見えない。
「お仕事はいいんですか?」
長く平和の続く国とはいえ、こうも毎日教会に入り浸っていられる程に警邏隊は暇ではないだろうに。
「俺はほら、聖女サマをお守りするのが任務ですから」
「頼んでませんけど」
「頼まれてないもんなあ」
はは、と完全に馬鹿にした笑いをあげられ、セレスは聖女にあるまじき暴力の衝動に駆られる。渾身の力で彼の脇腹を突くが、鍛え上げられた肉体にセレスの細腕による突きなど無きに等しい。なんならセレスの方が腕を痛めそうなくらいだ。
「お、暴力反対」
「鍛錬です!」
「俺の身体を使ってんだなんていやらしいー」
「なにがですか!?」
「あー悪い悪かった聖女サマったらさすが聖女サマ通じねえかあ」
「馬鹿にされてるのだけは通じてますね」
「それは誤解だな。馬鹿にはしてない、からかってるだけ」
「同じことでは!?」
ああ言えばこう言う。祈りの場であるという事も忘れてセレスは声を荒げる。すると、その声に併せた様に教会の扉が大きな音を立てて開かれた。
「聖女さまーっっっ!!」
今し方セレスが加護を授けたばかりの少女が猛烈な勢いで駆けてくる。ギリギリの所で止まるのかと思いきや、そのまま勢いにのって飛び付いてくるものだから、セレスは「ひあっ」という間の抜けた悲鳴を上げるしかない。
「おっと」
ぶつかられた衝撃のままに後ろに引っ繰り返りそうになるが、青年が全身で受け止めてくれたおかげでセレスは少女を抱き留める事に専念する。
「あの」
どうしました、とセレスが問いかけるより速く、少女がきらっきらと瞳を輝かせて歓喜の声を上げた。
「すごいです聖女様のおかげです! 教会を出た途端、ロクデナシの婚約……元ですね、元婚約者がまんまと浮気相手と目の前にいたんですー!! どうやったって言い逃れできない現行犯! なので無事婚約破棄を突き付けることができました! ありがとうございます聖女様! これで心置きなく新しい恋に進むことが出来ます! 後日改めてお礼に伺いますね!!」
きゃあきゃあと少女はセレスに抱き付いたままそう叫ぶ。その背に「お嬢様」と入り口から気遣わしげな声がかかる。どうやら少女の家の従者の様だ。
「本当にありがとうございました聖女・セレス! 縁切り聖女様のご加護、家族はもちろん、友人知人にも広まるよう頑張ります!」
セレスが口を挟む暇すら無い。少女は去り際にもう一度セレスに抱き付き、何度も礼を口にしながら迎えの従者に引き摺られる様に去って行った。
ぽつんと取り残された形になったセレスの耳に、ややあって低くくぐもった音が届く。
恨めしげに振り返れば、そこにあるのは案の定、噛み殺しきれない笑いに苦しむ青年の姿がある。
「すっげ……ちょ、聖女サマ、記録更新……!」
長身を折り曲げて笑い続ける青年の耳は縁まで赤く染まっている。チラリとこちらを向けば、目元に涙まで浮かんでいるのが分かり、セレスは無言で頭に被っていた儀式用のベールを外した。
「縁切り最短記録更新おめでとう!!」
「縁切りじゃありません!!」
青年の手首にベールを巻き付け、そのまま肘の方、から少しずらした外側へと折り曲げる。青年の傾ぐ身体に合わせて片足が地面から浮く。残った方の足の膝裏を渾身の力で蹴り飛ばせば、体躯の良い相手だろうと転倒は免れない。
ドスン、と重く痛そうな音が教会の内部に響き渡った。
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