絵札の巫女と孤月の王子 ~タロットカード好きの女子高生、異世界を救う!?~

ヴィルヘルミナ

第一話 婚礼前夜

「このままでは、お前は殺される。俺と一緒に来い」

 そう言って私に手を差し伸べるのは、輝くような銀髪に赤い瞳の冷ややかな美貌の男。この国の第十二番目の王子で、私の一つ上で十八歳と聞いていた。黒い狩衣に似た装束のせいなのか、ロウソクが揺らめく薄暗い部屋の中で和風の吸血鬼のような印象を受ける。


 六日前、唐突に異世界へ召喚された私は、明日第二王子と結婚させられる予定だった。

 板張りの床に漆喰の白い壁。寝殿造に似た屋敷の一室に私は閉じ込められていた。部屋や人々の装束は平安時代風なのに、髪色は金や銀。緑や青という髪の人もいて、最初は異世界というよりも大規模な悪戯企画なのかと疑った。青空に浮かぶ赤と緑の月が無ければ信じることはできなかっただろう。


 この世界では大災害と不作が続き、滅亡から逃れるには異世界から〝救世の乙女〟を召喚して、女神への祈りを捧げる必要があると予言があったらしい。もちろん泣いて暴れて抗議した。元の世界に返せと言っても、呼ぶ方法はあるが返す方法はわからないと王や王子、大臣や偉い人たちに頭を下げられてどうしようもなくなった。


 私は第二王子との結婚を承諾した訳ではない。異世界人の私に身分を与える為だけの、いわゆる白い結婚で、この世界で私が好きな人が出来れば離婚できるという話。


「……タロットカードを持っていきたいの」

「ああ。それは構わない。……お前、何をっ?」

 私が十二単衣に似た装束を脱ぎ始めると王子が驚いた。

「こんな重い装束着て、動ける訳ないでしょ」

 逃げ出せるなら、逃げ出したい。この異世界に召喚されてから、ずっと考えていた。まずは重さ十キロはありそうな上着を床に落とし、濃い紫色の長い袴に似たスカートを脱ぎ捨てると着物に酷似した長袖の白衣姿。


 王子の赤い瞳が揺れ動き、綺麗な顔が若干引きつっているのを横目で確認しつつ、がらんとした部屋の棚に恭しく置かれた紺色の学生カバンを開ける。召喚された時に着ていた学生服は、どこにあるかはわからない。

 黒い布袋に入ったタロットカードを胸元へとしっかり納めて、ふと思いつく。

「カバンって持っていける?」

「ああ。その程度なら」

 それは良かったとカバンを肩に掛けて、王子に向き合う。

「お待たせ。どうやって逃げるの?」

「外に馬を待たせている」

 馬には乗ったことはなくても、牛車でなくて良かったと頭によぎる。 

 

 廊下に出ると誰もいない。常に見張り役の女性がいたのに。建物の周囲を警備する武装した兵士も一人も姿がなかった。

「……皆、薬入りの酒で眠っているだろう」

「それは兵士の話でしょ? 女性は?」

 早足で廊下を歩きながら王子の顔を見ると不機嫌そうに口を引き結んでいる。これは聞いてはいけなかったかと思ったとき、王子が口を開いた。

「……俺が夜這いを掛けると言っておいたから、対の屋で控えているだろう」

「はぁっ?」

 ヤバい。助けてくれるのかと思ったら、そっちが目的か。

「誤解するなよ。俺はお前に全く全然興味はない。ただ助け出すのが目的だ」

 物静かで冷たい印象は変わらないものの、『全く全然』という言葉が妙に強調されていて、それが王子の本音と伝わってきてほっとした。


「この屋敷出た後、どうするの?」

 日本に返してくれるのかとは聞けなかった。呼ぶ方法はあっても返す方法はないとはっきりと告げられている。この王子も頭を下げていた。

「逃げる。四十八日間逃げ切れば、俺たちの勝ちだ」

「どういうこと?」

「まだ理由は言えない。逃げ切った後に教える」

 ちゃんとした理由を聞きたくても、教えてくれそうにはなかった。溜息一つを軽く吐いて前を向く。


 裏口と思しき場所は狭く、廊下から短い階段が設置されて土間へと続いている。ふと見ると王子の足元は革製と思われる黒のブーツ。私の履物はないから、裸足しかないかと地面に降りようとすると、王子が私を軽々と横に抱き上げた。

「ひゃっ!」

 可愛い悲鳴なんて無理無理無理。冷たい表情の中、王子が笑いを堪えたのが伝わってきた。見上げると引き結んだ口端が微妙に震えている。

「ちょ。無言で抱き上げるとか普通、ないから。ちゃんと一言許可取って」

「わ、わかった……」

 語尾が完全に笑いの空気。羞恥が頬に集まって熱くなるのはどうしようもなかった。きゃーとかいう絹を裂くような悲鳴を、どうやったら上げられるのか誰か教えて欲しい。


 門の外には大きな黒い馬が待っていた。馬上の鞍に押し上げられ、横座りをすると安定しない。着物の裾を持ち上げて、馬を跨ごうとして止められた。

「おい。流石にそれはやめろ」

「何で? 横座りって怖いもの」

「絶対に俺が支える。だからやめてくれ」

 美形に真顔で言われると、少々恥ずかしくなってきた。腰に腕を回されると、ひやりとした絹の袖越しに硬い筋肉の感触。よくよく考えると、異性に抱きしめられているという状況で、顔も胸も何もかも近い。近すぎる。


「……そういえば、名前を聞いていなかったな。俺は怜慧レイケイ

「私は大桐道だいとうじ 三千華みちか

「ダイトウジって呼んでもいいか?」

「ミチカって呼んで。ミチカが名前なの。貴方のことは怜慧様って呼んでいい?」

「様はやめてくれ。怜慧でいい」

 私を助けてくれる王子様は、冷たそうでも意外とフレンドリー。どきどきとする鼓動は、美形との近すぎる距離のせい。


「舌を噛むから口は閉ざしておけよ」

 はいと答える前に馬がものすごい速度で走り出した。

「それ程遠くはない。怖いかもしれないが堪えてくれ」

 怜慧の囁きは優しく聞こえても、初めて乗る馬は高くて怖いから体が震える。そう、この恐怖は馬のせい。異世界で独りぼっちになってしまったからじゃない。


 部屋の中に閉じ込められている間、ずっとタロットカードに問いかけていた。第二王子との結婚を占う度、私の未来には『死神』が出続けた。何度問いを変えても形式を変えても、私には『死神』しか出なかった。


 たかが素人の占い。そう笑う人もいるだろう。幼い頃に祖母から譲り受けたタロットカードは、今や私の体の一部。自分のことを占ってはいけないという人もいるけれど、いつもカードは優しく答えてくれる。未来への道と可能性を示してくれた。


 そんなカードたちが、私の未来に『死神』を出し続ける。この数日間は本当に恐怖でしかなかった。そして同時に希望や助けの場所には『月』が出た。

 この銀髪の王子が私の『月』なのか。それとも、他に『月』があるのか。私にはまだわからなかった。

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