宇宙の彼方 夢の惑星

和扇

case.0 惑星開拓技師

ピピピ


ピピピピピ


ピピピピピピピ


無機質な電子音が、同じく無機質な白い部屋に響き渡る。


のそのそと寝床から起き上がり、彼女は枕元のその元凶を叩いて止めた。

そして再び寝床に潜り込み、再び惰眠をむさぼらんと目をつぶる。


だが、それを許さぬ存在が彼女に声をかけた。


解析スキャン完了しました。さっさと起きて下さい、カナタ〉


これまた無機質な、だが確実に感情が存在する言葉が寝坊助ねぼすけに投げかけられる。

ブランケットの塊が、ずるずるとベッドから転がり落ちた。


塊がのっそりと立ち上がり、眠い目を擦りながら、姿無き声の主に答える。


「分かってるって・・・・・・そんなに急かさないでよ、ユメ。」


背中に掛かる程の長さの寝ぐせが付いた黒髪をわしゃわしゃしながら女性は歩く。


洗面台で顔を洗い、歯を磨き、寝ぐせを直し。

髪をいた後に結んだ。

いわゆるポニーテールという奴である。


胸元のボタンが外れ、如何いかにもだらしないシャツを脱ぎ捨てた。

短いズボンショートパンツも同じようにして、壁面と一体化したクローゼットを開ける。


自動でクリーニング、プレスされ、整然と並べられた衣服の林。

彼女はその中から、いつもの一着を取り出した。


白の長袖ワイシャツ、黒の細身スキニーパンツ、そして。


「これが重要、っと!」


裾の長いそれにそでを通す。

ばさり、とマントをひるがえすかのように長いすそが宙に舞った。


やる気に満ち溢れるその目には、母なる星のような青い瞳が輝いている。


百六十三糎の背丈。

長い手足に女性らしいシルエット。

本人はそのあたりに全く頓着していないが、スタイルが良い、と言われる姿だろう。


〈いつも思いますが、それに何の意味があるのですか。〉


ユメ、と呼ばれた姿無き機械の声は、顔が見えずとも呆れかえっている事が分かる。

それに対して寝坊助の女性、カナタは勢いよく天を指さし、言った。


「人類の未来を切り開く開拓者、って意味!何度も言ってるじゃない?」


天井に向けられた腕から、重力に従って彼女が羽織る開拓者の証の袖がずり下がる。


彼女は、脚元あしもとまである長い白衣をまとっていた。




宇宙開発。


人類がその事業に着手してから幾星霜いくせいそう

失敗に次ぐ失敗と成功を繋いで、人類は空の向こうの宇宙そらへと飛び出した。


だが、人類は思い知る。

宇宙の広さ、自らの小ささを。


あまりにも広大な宇宙では、人類の歩みは小さすぎたのだ。

隣の惑星火星に行って戻るだけで人は齢を取ってしまう。


それなのに、それよりもずっと広く太陽系は広がっている。

その外には隣の銀河があり、それが集まる銀河団が存在する。


人々は悔しがった。


古き時代から見てきた星に手が届くと思っていたのに。

自分の生きている時代では、そこには辿り着けないのか。


だが、一人の天才が閃いた。


正があれば負があるように。

光があるなら影があるように。

鏡を見れば自らの像が映るように。


この宇宙にも裏側があるのではないか?

それを利用すれば、光年の壁を超えられるのではないか?


この理論に基づいて人類は技術を磨いた。

有史以来、いや有史以前から行ってきたのと同じように、夢を追い求めて。


そして人類は辿り着いた。

影の宇宙に、鏡面の向こう側に、負の宇宙に。


我々が生きる宇宙をプラスとしたなら、反対側はマイナス

プラス宇宙から観測できず、だが確実に存在するマイナス宇宙。


プラスで消えた物はマイナスへ、マイナスで消えた物はプラスへ。

では、プラスに存在したまま、マイナスへ入り込んだら?


物質は質量を失い、抵抗は力を失い、光年は距離を失う。

だが、入り込んだ物体が消滅する事は無い。


存在するが存在しない、有るが無い、その矛盾を意図的に発生させるのだ。


それを技術として確立したのが『亜空間技術』である。


亜空間航行。

古い時代に創作物でワープと描かれた物に近しいそれは、人類を宇宙へ解き放った。


亜空間物質化マテリアライズ

負宇宙から元素を取り出す技術は、血塗られた人類の戦いの歴史に終止符を打った。


遂に人類は宇宙へと真の意味で辿り着いたのだ。


それから再び幾星霜。


人類はまた別の夢を抱いた。

自分が望む世界が欲しい、と。


必然的に、その夢を叶える職業が生まれた。


惑星開拓技師。


亜空間技術を利用して、宇宙に無数に存在する惑星ほしを開拓する仕事。

人の夢を叶える宇宙そらの開拓者である。

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