【14】敗戦
「……ティナの話、どう思う?」
ティナがいなくなった室内で、ミルフィナが唐突に問う。その言葉にガブリエラは鼻を鳴らす。
「……なかなか聞き応えがあって面白くはあったが、
「ウチもそう思う。だって、そもそも、出来の悪い姉を殺しておいて、その骨を面倒な東方式で弔おうとする?」
「……でも、何で東方式なんだろ」
サマラが首を傾げると、ミルフィナが指摘する。
「そこもちょっと引っ掛かるのよね。ティナの綺麗な黒髪とつり目。あれは明らかに東方の血が混じっているでしょ。人形の名前といい、『賢者の塔』に来る前のビリーとティナは本当に無関係だったのかしら?」
「だから、作り話なんだろ」
と、ガブリエラが言い終わった所でティナが戻って来る。
「あー、すっきりした」
などと、晴れ晴れした顔で自らのベッドへと戻る。そして、ガブリエラの方を見ながら彼女は言った。
「次はガブリエラの番よ」
「いや。だから、私に怖いものなど……」
と、そこでガブリエラはふと天井を見つめながら黙り込んだ。
「ガブリエラ?」
「怖いもの……あるにはあったな」
そのガブリエラの言葉に、ティナが得意げな顔をする
「何よ。でかい口を叩いておいて、やっぱり、あんたにだってあるんじゃない。で、何なの?」
そこでガブリエラは苦笑する。
「いや。お前の想像しているものとは違うぞ?」
そう言ってから彼女は記憶を
「……私は十二の頃から戦場に出て命のやり取りをしていた。死すら日常のすぐ隣にあり、恐れるものではなかった」
戦場に生まれ落ちて、傭兵団に育てられたという彼女の言葉が単なる強がりではないと、他の三人は良く知っていた。
だから、いつもは煽りや軽口の一つでも叩くはずのティナですら、黙ってガブリエラの言葉に耳を傾け続けていた。
「……血溜まりや腐肉の臭いなど慣れたものだったし、蛆の涌いた死体の山の中に潜んで敵を待ち伏せた事もあった。自分より体格が良くて、力の強い大人の男に組伏せられた事もあったが、鼻の頭を思い切り噛みちぎってやったら、あっちの方が私にびびって腰を抜かしていたよ」
くっくっく……と、懐かしそうに目を細めて笑うガブリエラの話は更に続く。
「……夜営中に獰猛なワイバーンに襲われた事もあったが、あのときも生き残ったのは隊の中で私だけだった。敵陣の裏へ回り込むために、呪われた沼地を行軍中、
そこで痺れを切らしたティナが口を挟んだ。
「……ねえ、あんたが怖いもの知らずの“血被り姫”だっていうのは良く解ったから、とっとと本題に入ってよ」
「あははは……すまない」
愉快な様子のガブリエラに、ミルフィナが問うた。
「で、けっきょく、そこまで怖いもの知らずのあなたの怖いものってなんなの?」
「ああ……私が最も怖いもの。恐れていた事は」
ガブリエラは、一つ息を吐いて言葉を続ける。
「戦に負ける事だ」
◇ ◇ ◇
……別に死ぬのが怖くないというのは嘘じゃない。
自分が死んでも、自軍が勝利すれば報われるからな。ただ、それよりも戦に負けるのが怖い。
負けて逃げのびる事ができれば、もう一度立ち上がる事はできる。
しかし、もしも、それで死んでしまったら……勝利できずに死んでしまったら。
その事を考えるだけで、戦に負ける事が恐ろしくなる。死というものが、まったく意味の違うものになる。
私は物心ついたときから傭兵団“
だから、敵に負ける事が何よりも怖かった。
そして、勇敢に死ねるならば、それで良かった。
なぜなら、私はナッシュと出会うまでは戦場以外を知らない女だったのだから……おっと、また前おきが長くなってしまったな。今度こそ本題に入ろう。
あれは確か十四歳になるかならないかの頃だったと思う。
当時、私のいた傭兵団は、ある都市国家に雇われていた。その国の西に広がる森と平原を挟んだところにある別な都市国家が、魔王軍の手に落ちたらしい。
そして、その都市に駐留していた魔王軍が戦の準備をし始めているという話だった。標的はもちろん、こちらの都市だ。
この情報を元にお偉いさんが協議を重ねた結果、森の中で魔王軍を待ち伏せて迎え討つ事にしたのだという。
こちらの戦力は整っており、作戦は上手く行くように思われたが相手の方が一枚上手だった。
我が軍は密かに北から回り込んでいた敵軍の別動隊に奇襲を受けた。
これにより、当初の目論見は瓦解した上に、森に火をかけられて都市へと帰還する退路まで断たれる事となった。
どうも向こうの軍には、魔王軍随一の知恵者“死霊術師”ボーグワイがいた事を知ったのは後の話だった。
けっきょく、南の荒野へ逃げるしかなく、森の出口で待ち伏せに遭って、完全に軍は崩壊した。
私は数人の生き残った仲間たちと共に、その荒野を彷徨う事となった。
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