第63話 導火線に火がつきそうな三者面談

「ごめんなさい」


 開口一番に謝罪され、私は慌てて頭を上げてもらいました。

 いったい何を謝っているのか聞いてみると、言葉を濁されてしまい誠実な彼にしては珍しいなと思います。


「つい口が滑ってしまって……でも、いい人たちだから大丈夫だと思う」


「えっと……よくわからないのですが、怒りませんから話していただけませんか?」


 観念したように口を開きかけるアキトさんでしたが、間が悪いことに森の散策から帰還したミーナがアキトさんの腰に抱きつき、言葉をさえぎられてしまいました。

 そこからは、ミーナを引きはがして放り投げるシルビアさん、そのミーナを閉じ込めるような高度な障壁魔法を行使するアリシアさん、アキトさんを背に乗せて走り去る神狼様と、見事な連携を目の当たりにしました。

 ルピナスさんだけが、ミーナを心配していますが、甘やかさなくてもいいんですよ?


「まったく……結局アキトさんの話を、最後まで聞けなかったじゃないですか」


「あはは、ひどい目にあったから許してください」


 自業自得ですが、許せてしまうのは彼女の人柄のせいでしょうかね。

 まあ、危険なことであれば、アキトさんも詳しくお話していたでしょうし。あまり気にしないようにしましょう。


    ◇


「ルチア様! ルチア様!!」


 慌てふためきながら、私を呼ぶ大きな声が聞こえてきました。

 なんでしょう……かなりうろたえているようですが。


 とにかくこちらも急いで家の外に出ます。

 するとそこには、私を呼んだ者だけでなく二人の来客がいました。


「どうも、はじめましてよね? エルフの族長」


「急な来訪、申し訳ありません」


 赤い肌と黒い角、絢爛な服を着た艶っぽい女性。

 青い髪と翼に、荘厳な装飾品を身に着けた女性。


 なんで、オーガとハーピーの族長が私の村の場所を知っているんですか!

 ああ、アキトさんですね。口が滑ったって、私たちの村の場所のことですね。

 ど、どうしましょう。無理です。アキトさん、私には荷が重いです。助けてください。


「あ、す、すみません。挨拶が遅れました。私はこの村の村長のルチアといいます」


「ふふっ……そんなに緊張しないでいいのよ。私はアカネ、オーガたちの代表をしているわ」


 知っています。そんな怖い人がなんの用でしょうか。

 その気になれば、私たちの村を一人で壊滅させられますよね?


「私はクイーンハーピーのウルシュラです。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします」


 今後……そんなものがあるんですか。もう、許してください。

 あなたもたった一人で、私たちをいともたやすく全滅させられるじゃないですか。


「さあ、挨拶もしたし、まずはこれでも飲みながら話しましょう」


 アカネ様はそう言って、手にしていた酒を見せました。

 あ、これ拒否できないやつですね。


 こうして、私は圧倒的強者二人に挟まれた状態で、お酒を飲むことになってしまいました。

 落ち着きなさいルチア。あなたには600年という経験があります。

 過去の経験から、このピンチを抜け出す方法を探しなさい。


 ああ、楽しい人生でしたねえ。とくに、最近は村のみんなも活気づいて、ソフィアやアキトさんという他種族との交流も……

 はっ! いけません。途中から走馬灯みたいになっていました。


「あなた大丈夫?」


 アカネ様がいぶかしげに私のことを見ていました。

 どうやら、思ったよりも意識が飛んでいたらしいです。


「だ、大丈夫です。大変失礼いたしました。アカネ様……」


「それよ」


 ど、どれですか? ごめんなさい。殺さないでください。せめて、この村だけは……


「様なんてつけなくていいわ。一族をたばねる者同士、私たち三人は同じ立場でしょう?」


 無理ですが?

 さては、あなたたち自分の恐ろしさを理解していませんね?

 ああ……混乱しすぎて、だんだんと冷静に物事を考えられなくなってきています。


 アキト様。あなたのせいですからね。

 この苦労の代償として次に会ったときは、私だってあなたに抱きつきますからね。


「ええと……アカネ……さん?」


「固いわねえ。でも、様よりはずっといいわ。そのうち呼び捨てにしてちょうだい」


「私も呼び捨てでいいですよ?」


「ウルシュラ……さん」


 多分、私の600年の人生でも、上位のがんばりに含まれるのではないでしょうか?

 オーガとハーピーの集団の長を親し気に呼ぶなんて、私の首まだついていますよね?


「それで、今日ここにきた理由なんだけど、何かあったときのために同盟を結んでおこうと思ってね」


「はあ……同盟……」


「そうですね。どうやらエルフも、オーガも、ハーピーも、アキトさんに救われた種族。アキトさんを……いえ、女神を信仰する種族同士、仲良くやっていきましょう」


 あ、また信者を増やしたんですね、アキトさん。

 ですが、そういう理由ならこちらにも危険は及ばないでしょうし、ありがたい提案なのではないでしょうか?


「それは、是非……」


「それに、他種族で交流もできたら、種族同士で模擬戦もしやすいしねえ」


 今、死ねって言いました?

 他種族のエルフは模擬戦で死ねって言いましたよね?


 私は二人に土下座をしました。きっと、とても綺麗な体勢でできたと思います。


「勘弁してください。エルフは脆弱な種族なんです。あなたたちのような、戦闘民族や狩猟民族とは違うんです」


「あははははは! 冗談よ。面白いわねルチア。気に入ったわあなた」


「ふふっ、怯えながらもちゃんと種族を守ろうとする姿、立派ですよルチア」


 ひえっ……私の反応を見て楽しんでますよね?

 特にウルシュラさん。あなた笑っていますけど、獲物を弄る狩人の目にしか見えないんですが……


「こら、本気で怖がらせないのウルシュラ」


「申し訳ございません。ルチアがとてもかわいかったもので」


 捕食者の目をしています……

 ま、まあ、とにかく用事はすんだわけですし? エルフにとっても利のある話だったので、よしとしましょう。


「それでは、お話も終わりましたし、仲良く飲みましょうね」


「ええ、酒も肴もたっぷりと用意してあるから、遠慮はいらないわ」


 まだまだ、私は逃げられないようです……


    ◇


 この前はアカネさんと、ウルシュラさんに、ルチアさんや村の場所まで話してしまった。

 勝手なことをして怒っていないか心配だったが、あの後すぐに二人はルチアさんと会って、仲良く酒盛りをしたらしいので、多分問題なかったんだろうな。

 だけど、ルチアさんにはちゃんと謝罪をしたいので、俺はエルフの村へと向かった。


 もう何度も通っているので、勝手知る馴染みの村へと到着し、俺はルチアさんの家の扉を叩く。


「こんにちはルチアさん。秋人です」


 家の中を走る音が聞こえると、扉が勢いよく開かれる。

 もしかしてミーナさんかな? と思ったが、出てきたのはルチアさんだけだ。

 珍しいな。そんなに慌てることでもあったのか?


「こ……怖かったんですからね!」


 俺のことを抱擁するルチアさん……

 やばい、ミーナさんと違って身長も大人の女性のものだから、普通に恥ずかしい。

 というか、またこんな風に俺の理性を試すようなできごとが……

 女神様の試練なのかこれは。


 わけもわからないまま、俺は必死にルチアさんの柔らかさや香りを耐え続けるのだった。

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