第37話 再会のスカプラリオ
入信者が増え続け、いまや巨大な組織となった教会で、私は絶対的な地位を得た。
私の演技に騙されて聖女を信仰する者。私に好意を抱いていないため洗脳済みの者。
もはや、教会の中で私の命令に逆らう者は一人もいない。
だから、問題が起きるとするならば外的要因になるとは思っていた。
だけど……まさか、こんな問題が起きるなんて思うはずないじゃない。
「聖女様! 正体不明の魔力が教会へと向かっています!」
「ええ、わかってるわ。ほんとなんなのこの馬鹿みたいな魔力の量。」
力をつけすぎた私たちへ王国が騎士団か勇者を差し向けてきたのかと思うほどのバカげた魔力を感じる。
でも、それはないと断言できる。
だって、この魔力。複数人のものじゃなくて、一人だけのものだから。
でも、それこそ嘘みたいな話。たった一人でこれだけ巨大な魔力を持っているなんて、いったい何が向かっているというの?
それこそ、古竜の女王や例の禁域の森の王とか、天変地異のような怪物が近づいているんじゃないかと皆が不安になっている。
というか、私だって不安よこんなもん。
正体不明の何者かの到来にざわめく教会内で、再び私への伝達が訪れた。
「聖女様! 大変です!」
どうせまた、何度も聞いた正体不明の魔力の接近でしょうと高を括っていたけど、その内容を聞いて私は頭を抱えたくなった。
「先代の聖女様が! アリシア様が禁域の森より生還しました!」
◇
ばれちゃいました。
おかしいですね。こっそりと教会の様子を確認してすぐに帰る予定だったんですけど。
私と同じ修道服の方たちが多いので、ばれない自信があったんですけどね。
教会に入ると、そこには私がいたころとは比べ物にならないほど、たくさんの信者の方たちがいました。
当然、互いに顔は知らないので、私は堂々と修道女として教会の施設内を歩いていたのですが。
「えっ!? あ、アリシア様!?」
顔見知りの修道女にすぐに気づかれて、あれよあれよと今の聖女であるリティアのところへと案内されてしまいました。
「というわけなんですが、どうしてばれてしまったんでしょうね?」
「あのねえ……そんなに大量の魔力垂れ流しておいてよく言うわ。教会中が大混乱になってるわよ。」
魔力……あ、そういえば禁域の森で暮らすうちに、アキト様と神狼様からポーナの実を何度もいただきました。
あれを食べてるうちに、教会にいたときよりも魔力の量が増えていたかもしれません。
「だから魔力を抑えていたはずなのに、ばれてしまったんですね」
ほとんど魔力を感じさせないようにしていたつもりが、意外とたくさんの魔力を漏らしてしまっていたようです。
それで、私を怪しんだ方に顔を確認されてばれてしまったと……
「はっ!? あんた今の状態で魔力を抑えてるっていうの!?」
リティアがずいぶんと驚いているようです。
あれ? 今の私は魔力をだいぶ抑えているはずですが、そんなに魔力が漏れていたんでしょうか?
私、もしかして魔力の制御下手になってます?
「え、ええ……ほとんど抑えていたはずなんですが……私もしかして目立ってました?」
「言ったでしょ。目立ってるなんてもんじゃないわよ。教会中大混乱よ。大混乱。」
それは申し訳ないことをしてしまったかもしれません。
私はこっそりと様子を見るだけでよかったのですが……
「それで、元聖女様が何の用? もしかしていまさら聖女として復帰するなんて言いにきたんじゃないでしょうね?」
ああ、そこははっきりとさせておいたほうがいいですね。
「いいえ。私は聖女を引退したので、これからの教会はあなたにお任せします……と言いたいところですが、本当にあなたに任せて大丈夫ですか?」
「はぁ……そんなことだろうと思ったわよ。もういいわ面倒くさい。そうねえ……ちょうどいいし、こんなのはどうかした?」
リティアがなにか一人で納得すると、こちらに向けて魔力を込めたようにこう言いました。
【しばらくの間、私の部下として力になりなさい】
◇
まったくもってふざけた話ね。
どんな怪物が襲撃したのかと思ったら、それが先代の聖女だったなんて。
しかも、本人はこれでも魔力を抑えているというのだから、本当にふざけた存在よ。
一応知らない仲でもないのだし、初めは普通に会話をしてみることにした。
でも、その一環として向こうの目的を聞いてみたら、やっぱりねと思える内容が返ってきたわ。
先代の聖女は今になって、権力が増した教会の地位が惜しくなった。
だから、私に代わってまた聖女として君臨しようとでも思ってのでしょうね。
私に任せて大丈夫かですって? 私がどれだけ苦労してきたと思ってるのよ。
そんな手柄を横から掠めていくようなふざけた真似、絶対に許さないわ。
だから、私は洗脳をして先代聖女を私に従わせてやることにした。
【しばらくの間、私の部下として力になりなさい】
魔力を込めて相手に命令をする。
相変わらず効果が発揮してるのかどうかわかりにくい能力だけど、アリシアの言葉を聞いて成功していることが確信できたので、一安心ね。
「わかりました。私がお手伝いいたしますね」
こうなってしまえば、先ほどまでの焦りもなくなる。
なんせ、あれだけの魔力を持った聖女はいまや私の言うことを何でも聞くのだから。
だけど、さすがにアリシアだと周囲にばれるのは、できれば避けたいはね。
「じゃあまずは顔を隠しなさい。ほら、ちょうどいいからこの仮面でもつけときなさいよ」
そう言って渡した仮面をアリシアはなんの抵抗もなく受け入れる。
まあ、洗脳済みなんだから当然ね。
「色々と私のことを手伝ってもらうからね。信者の治療に町を襲う生き物の討伐。ああ、それとあんたがいた禁域の森に行ってみるのもいいかもしれないわ」
これだけの戦力を有した私なら、もはやなんでもできる。
せっかく聖女になったからには聖女としての役割も果たすけど、そのうち時間をとって今までアリシアが住んでいた森を調査するのも悪くはないわね。
本当に男がいるとしたらその男も洗脳して教会に連れてきてしまおう。
なんせ洗脳は私に敵意や悪意がある者にほど効くのだから、男ほど洗脳にかかりやすい存在も他にいない。
たまたま、ルメイ王女が隔離していた男どもが解放され、町で見かけたので洗脳をしてみたらあっさりとかかったものね。
まあ、私たちを見るなり偉そうに振る舞い、口から出てくる言葉はこちらを罵るばかりなのだから、当然と言えば当然なんだけどね。
もちろん、そんなやつ、洗脳したところで顔も見たくない。
私の命令に従順になった男に、二度と私の前に現れるなと言ったから、今ごろどこかの女にでも拾われているでしょうね。
「聖女様」
ドアをノックする音が聞こえたので入室を許可すると、修道女が入ってくる。
当然だが、仮面をつけた見知らぬ女がいるため、修道女は怪訝そうなしていた。
「そいつは、しばらく私の側近として働くことになったから」
さすがのアリシアも声を出したら正体がばれるだろうことくらいは想像できているようで、声は出さずに頭を下げておじぎをした。
「そ、そうですか。よろしくお願いいたします」
「それで、どうかしたの?」
「ええ、先ほどまで感じていた強大な魔力が消えたようなのですが、いったいなにがあったのでしょうか?」
アリシアが魔力を完全に抑えたことで、魔力の反応が消失したと思われているみたい。
まあ、適当にごまかしておきましょうか。
【それならもう解決しておいたから、みんなには安心するように伝えておきなさい】
「は、はい。すぐに」
修道女は私の命令を聞いて急いで部屋を出ていく。
そういえば、この子も初対面のときに明らかに私のこと嫌ってたから、次に会ったときに洗脳しちゃったのよね。
たしか名前はエセルっていったわね。今はしっかりとなんでも命令を聞いてくれて便利な子になったわ。
これからも私の言うことを聞く、居心地の良い組織としてみんながんばってね?
私も聖女として働いてあげているんだから、誰も文句ないでしょ。
ねえ、アリシア?
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