第2話 魔王さま白うさぎに出会う
___時はマオが人間界に来訪する数十分前に遡る。
アメリア大陸南部、ゲヘナ砂漠。
そこは大陸の約20%を占める、広大無辺な砂漠地帯である。
かつてはカジノや合法ストリップなどの娯楽施設で賑わう一大商業都市が栄えていたが、数百年前に起こった最終戦争によって無残に荒廃してしまった。
生き残ったわずかな人々は都市を離れ、人の管理を離れた都市は砂塵に埋もれ、無残に朽ち果ててしまった。
雲一つない青空の下、かつての都市の名残である高層ビル群が、人類の墓標めいてわびしく立ち並ぶ。
その合間を縫うように、一輪の巨大な車輪が砂塵を舞い上げながら、凄まじい速さで走り抜ける。
……車輪?然り、車輪である。
自走する巨大な車輪の中に操縦席を設けたこの一風変わった乗り物は、一般にモノバイクと呼ばれるものであり、高い不整地走破性を誇る特殊軍用車両だ。
その操縦席に跨るウサギ獣人の少女は、スカーフで口元を押さえながら、険しい表情で前方を睨んだ。
時おり後ろを振り返るそのゴーグル越しに見える視線からは、隠しようのない焦りの色がうかがえる。
彼女の名はニック・ナック。
アメリア大陸を一人旅する、流れのテック・スカベンジャーだ。
彼女は廃都市や古戦場跡に点在する軍や企業の研究施設に潜り、そこから盗み出したジャンクパーツや戦前のデータを売って生計を立てているのだ。
実入りこそよいが、実際危険極まりない仕事だ。
侵入者対策用のトラップに警備ロボット、ミュータントにレイダー、そして欲深い同業者……常に生命の危険がつきまとう。
そして今回もまた、彼女は避けようのない危険に巻き込まれたのだ。
「クソッ!もう追いついて来やがったか!」
微かなエンジン音が聞こえ、ニックは後ろを振り返り悪態をついた。
彼女の遥か後方、熱砂に歪む大気の向こう側に、砂埃を立てて疾走する二台の車両が見える。
二人乗りのシートに後方に銃座を備えた、防塵仕様の軍用バギーが二台、彼女の後ろをピッタリとつけてくる。
座席に座るのは、オーク、ゴブリン、ヒューマン、それにオーガ……種族こそ様々だが、皆鋲付きのライダージャケットを着て、頭に派手な色彩のモヒカンを生やしている。
そして額に刻印されたQRコード……。
彼らはモヒカニストと呼ばれるレイダーの一派閥であり、人身売買や強盗を生業とする、極めて過激な武装犯罪集団だ。
彼らは常日頃から獲物を追い求め、徒党を組んでこの広大なゲヘナ砂漠を彷徨っている。
ニックは彼らの縄張りで一仕事終えた後、運悪く哨戒部隊と鉢合わせしてしまい、今こうして逃げ回っているというわけなのだ。
「へへへ!見〜つけたぁ!」
銃座に座るオークがサディスティックに口元を歪ませ、ニックの乗るモノバイク目がけ機銃を発射する。
ダダダダダ!
放たれた銃弾がモノバイクをかすめ、火花を散らす。
「チィッ!」
ニックは舌打ちをし、バイクを蛇行運転しながら、なんとかこれをかわす。
「おいバカ!間違って獲物に当てんじゃねぇぞ!」
「へへ、わかってるよぉ!」
銃座に座るオークは、並走するもう一台のバギーに向かって、ハンドサインで合図を出した。
散開し、回り込んで挟み撃ちにしようというのだ。
合図を受けたバギーは進路を変え、建物の影へと回り込む。
単純な機動性ではモノバイクよりオークたちの乗るバギーの方が上だ。
それに連中はこの辺りの地理を完璧に知り尽くしている。
このままでは追いつかれるのも時間の問題だろう。
果たしてニックに勝機はあるのか?
このまま無事に逃げ切ることができるのだろうか?
……いや、まだ彼女に勝機はある。
オークたちの駆るバギーは高性能だが、機銃を搭載したひどく大型のものだ。
奴らのバギーが入って来れないような細い路地にでも逃げ込めれば、ニックにもまだ勝ち筋はある。
「よーし、いっちょやるかぁ!」
ニックは気合いを入れるように、モノバイクのエンジンを蒸した。
ニックは車体を傾け急旋回。モノバイクがギリギリ通れそうな路地を目がけ、機体を急発進させた。
「あの野郎、路地裏に逃げるつもりだぞ?」
「急げ!回り込め!あれはボス好みの女だ、絶対に逃がすなよ!」「ガッテン!」
ニックの意図を理解したモヒカンたちは、無線で仲間のバギーに指示を飛ばす。
奴を逃がすわけにはいかない。
なにせあの女は彼らにとって久方ぶりの獲物なのだ。
奴を捕らえてアジトに連れ帰れば、最近不機嫌だったボスの怒りも治まるだろうし、組織内での自分たちの株も上がるだろう。
それにもしかしたら……運が良ければの話だが……自分たちもボスの深夜のお楽しみの、ご相伴に預かれるかもしれないのだ。
金と女に飢えたモヒカンたちは目を血走らせ、バギーのアクセルを全開に踏み込んだ。
☆
ブロロロロロロロ……
錆びた空き缶や壊れた室外機、かつての文明の残渣を蹴散らしながら、巨大な車輪が廃都市の裏路地を突き進む。
敵のエンジン音は遠ざかっている。
まいたか?いや、まだ油断はできない。
ニックは車載GPSを頼りに、本来なら車両が通るべきではない道を疾走する。
ホロディスプレイに表示された地図によれば、このまま直進すれば幅の広い道路に出る。
その道路を道沿いに真っ直ぐ行けば、奴らの縄張りの外まで逃げおおせることができる。
やがてバイクは路地裏を抜け、広い道路へと出た。
ニックは車体を傾け、道路に沿ってバイクを走らせる。
(ふふん、楽勝だぜ!)
頭の中でファンファーレが鳴り響き、ニックは心の中で喝采を上げる。
この時彼女はすっかり油断しきっていた。
バギーのエンジン音が聞こえなくなったので、モヒカンどもの追走をすっかりまいたと思ったのだ。
その状況判断の甘さには、彼女の若さゆえの経験不足が如実に表れていた。
もし彼女がもう少し慎重であったのなら、いくつかのことに気づけたかもしれない。
自身が駆るモノバイクに、いつの間にか発信器が取り付けられていたことを。
モヒカンたちが崩落を免れた地下駐車場を利用し、すでにニックの進路上に回り込んでいたことを。
そして何よりも、道路の端からふらりと車道へと歩み出た、小さな人影があったことを。
ブロロロロ……
ひび割れた道路にモノバイクのエンジン音が響く。
ニックは恐る恐る後ろを振り返り、追跡者の有無を確認する。……後方に敵影なし。どうやら完全にまいたらしい。
「ハハハ!やったぜクソ野郎ども!ザマァ見ろってんだ!」
ニックは挑発的に中指を立て、前方に視線を戻した。
その時だ。彼女が前方ほんの数メートル先を歩く小さな人影に気づいたのは。
頭から大きなツノを生やした、桃色の髪の小さな少女だ。
このままでは正面衝突してしまう。
ニックは慌ててブレーキをかけようとした。しかし間に合わない!
エンジン音に気づいてこちらを振り向く少女とほんの一瞬だけ視線が合う。
「危な……ゲフゥ!」
哀れ、少女の華奢な身体は暴走巨大車輪に跳ね飛ばされ、くるくると宙を舞った。
_____つづく
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