第25話 のっぺりとした顔
「シスター・ユリアですね? ようこそ日本へ」
二階の警察庁受付で手続きをしていると、三十代後半のスーツ姿の官僚が現れた。良く撫でつけられた頭髪に、メタルフレームのメガネ。その奥に光る眼は糸のように細い。のっぺりとした顔の部位で、唯一主張しているのが出っ歯だけである。
これで首から高性能カメラでもぶら下げていれば、外国人が思う絵に描いたような日本人だろう。
「ミスター・鈴木。お会いできて光栄です」
ユリアは入場手続きを終え、鈴木に微笑みかけた。彼に案内されエレベータへと乗り込む。
「入館手続きが煩わしくて申し訳ありません。何しろ中央官庁が集中している建物ですので、セキュリティが煩雑なのです。また、最近は物騒ですから」
誇らしげに話す彼を見て、ユリアは微笑を深めた。初めの予約は電話とネットで済ませられる簡単な物。さらに一階と二階の受付がザルとは言わないが、バチカン市国の教会本部に入る方が、余程セキュリティは厳しい。
渡された「一時通行証」には携帯者の、位置情報確認システムすら付いていない。これでは一度中に入れば密かに居残って、夜間など人が少なくなってからやりたい放題の筈である。
しかし彼女は、そんな感想を噯にも出さない。平和な日本では、この程度のセキュリティで問題がないのであろうと思うだけである。エレベータは素晴らしい速度で上昇し、高層階にある会議室に通された。
「サイバー警察局へようこそ。早速ですがバチカン市国から頂いた情報の確認を行いたいのですが」
会議室にはスーツ姿の男女が数名、待機していた。鈴木が勧める椅子に座ると、ユリアは肩掛けバックからタブレット端末を取り出す。天井に備え付けのプロジェクタに接続させて貰い、簡略的な状況説明を始めた。
「なるほど。つまり複数のSNSから、自殺や他殺を誘導する情報が拡散されているという事ですね」
ユリアの説明がひと段落した所で、鈴木は参加者の意見を代表して口を開く。しかし明らかに当惑というか、期待外れの表情を浮かべていた。
「現在、我が国では自殺者増加が、喫緊の大問題ではあります。今回、バチカン市国からいらっしゃった貴女は、この問題の専門家と伺っております。しかし我々は犯罪としてのサイバー問題は、企業攻撃や高額詐欺問題としてのウェートが高いと考えています」
丁寧な言葉を使ってはいるが、どうやら彼らが気に入る提案では無かったようだ。それでも彼女は微笑を消さずに、説明を続ける。
「被害者は幼少期からスマホやゲーム機を使用している、デジタルネイティブ世代だけではありません。高齢者や有名人でもSNSにより、心ない攻撃を受けて引退・自殺に追い込まれたケースが散在していますよね?」
鈴木は肩を竦める。それからワザとらしく、ため息を吐いた。
「我々は、そんなレアケースを求めているわけではありません。確かに年間三万人にも及ぶ、自殺者数は少なくないでしょう。ですが、そのうち何人がそのケースに当たるのでしょうか? 特に有名人の被害は別枠で考えております。そんなのは有名税ですから」
彼の言う有名人とは、芸能人やTVなどに出演する著名人であるらしい。有名税という言葉も初めて聞いた。
ユリア以外の参加者達も同意するように頷く。そこで初めて彼女は笑顔を消した。
「有名人も同じ人間ですけどね。そう言う訳で、日本において独自調査を行わせて頂きます。これは上部組織からの決定事項ですので」
どうやら人に指図する事は好きでも、指図されることは嫌いであるらしい。頭越しの指令に、不快感を示した彼は鼻を鳴らした。
「えぇ、お話は伺っております。ですが、くれぐれも我々の邪魔はしないで頂きたい。私共は日本だけでなく、世界を相手に仕事をしていますから、細々した些事には係わっていられないのです」
恐らく鈴木は東大法学部を卒業し、国家公務員試験一種に合格したキャリアなのだろう。初めは覆い隠していた圭角がチラつき始めた。
「では、今なさっているお仕事の概要を教えて下さい。下手に動いて作業の邪魔をしてはいけませんので」
「国家機密ですので、情報開示できません。悪しからず」
鼻を木で括った様な返答。ユリアは肩を竦めた。
「分かりました。ご迷惑をお掛けしないように、こちらも動かせて頂きます。もしご迷惑が掛かるようなら、ご連絡ください」
「我々の邪魔をしなければ、それで大丈夫です。どうせ大したことは出来ないのでしょうから」
「……最後に質問させてください。鈴木さんの個人的な見解でもかまいません。SNSが原因で自殺・他殺が増えていると仮定した場合、そちらの組織ではどのような対処が可能でしょうか?」
「所詮、他人の情報に踊らされる、程度の低い人たちです。SNSでなくとも容易に騙されたり、利用されたりするのでしょう。そんな人たちも護らなければならないとは、本当に
鈴木は口元を歪めて、冷笑を浮かべる。その顔を見て、ユリアは小さく頭を下げた。
「分かりました。鈴木さんは個人的に何か、SNSをされていますか? 本日の打ち合わせ事項はSNSやメール・クラウドなどに晒さない方が良いかと思います。サイバーモンスターが暗躍している可能性がありますので、ちょっと危険かもしれません」
それだけ言うと踵をかえして会議室を出た。日本でいう所の仁義は通した、と言った風情であろうか。何を馬鹿馬鹿しいといいたげな鈴木は、両手を肩の高さに上げ小さく首を横に振っている。
エレベータに乗り込む、彼女の整った眉は不機嫌に顰められていた。
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