第2話 呪いを解くお仕事

  彌勒みろくさんは運転をしながら汗を垂らした。


「おそらく支部の人間が応援に駆けつけている。急がなければ被害は拡大するんだ」


「随分と大袈裟ですね? そんなにキツイ呪いなのですか?」


「それすらわからん」


 あらら。

 原因不明だけど敵は強いってことか。


  彌勒みろくさんの携帯が鳴る。

 車のスピーカーと連動しているようだ。


彌勒みろくだ。どうした!?」


「埼玉北支部の僧侶がやられました! 呪いが成長しています!」


「今はどうしている?」


「千葉南支部の僧侶が対応しています!」


 因みに、僧侶とは陰陽師のことだ。

 陰陽師は影の職業らしく一般公開はされていない。僧侶、とは所謂、隠語のこと。

 東京にある安倍家を陰陽師会の本部として、陰陽師たちは各都道府県に支部を構えている。


「成長する呪いか……。強敵だな」


 呪いとは誰かが人を呪っている力のこと。

 普通は熱が出たり不幸なことが起きたりするのだけれど、酷い場合は狂人と化して人を襲う。

 今回はこの人を襲うパターンのようだ。


「もう直ぐ着くから堪えてくれ」


「わ、わかりました! う、うわぁああああ!!」


 と、叫び声が聞こえたかと思うと、ブォオオン、バシュゥウッ! と何かが風を切る音が響く。

 そして、


プツン……。ツーーツーー。


 あらら、通話が切れちゃったよ。

 すっごい不吉な展開だな。


「ああ……。怖いパターンですね。嫌だなぁ」


「そう言うな。俺が守ってやる。お前には傷一つ付けさせないさ」


 ……まぁ、信頼はしてるけどさ。

 なにせ、彼は法武術の達人。並の物理攻撃なら彼に傷を付けることはできないのだ。

 法武術とは陰陽師が使う武術の一種。武器を使った戦法や拳を使った組み手がある。

 法術以外の戦闘術を身につけた喧嘩の強い陰陽師と思えば良い。

 まぁ、私は覚える気がないけどね。


 現地到着。

 そこは普通の一軒家だった。

 家の前には5台の車が止められていた。


「はぁ……。なんだか物々しいですね」


「3つのやしろが集まっているからな」


 出迎えてくれたのは千葉南支部の男だった。

 狩衣かりぎぬを纏っているものの、金髪でモデルのような体型だった。

 身長は 彌勒みろくさんと良い勝負。180センチはあるだろう。

 タレ目で少し軟派な印象を受ける。


「三善 海善です」


「ども。安倍  秘巫子ひみこです」


「あなたが噂の」


 私……噂になっているのか。


 海善は私を見てニヤニヤと笑う。

 はぁ〜〜。リアルなイケメンはこれだから嫌なんだ。

 どうせスッピンを見て笑ってんでしょうが。


「随分と小柄なレディだ」


 おいおい。レディってなんだよ。スカしてんなぁ。


「本当に彼女が呪いを解けるのかい? 呪態者に殺されるのがオチだよ」


「バカにするんじゃない。 秘巫子ひみこは本物だ」


「へぇーー。 彌勒みろくが言うならそうなんだろうけどさ。こんな子がねぇ」


「状況はどうなっている?」


「僕の支部の僧侶ががんばってくれてるよ。君たちの出番はないかもね」


「電話では押されていたようだが?」


「今はもう落ち着いているさ。成長する呪いといってもね。僕のチームなら造作もない」


 家の玄関からは複数の僧侶による読経が漏れ聞こえる。


 なんだ。解決してるなら良かったわ。

 早く帰ってゲームの続きがやりたいんだから。


 突然。

 バリィイインと玄関の扉が蹴破られる。

 中から僧侶が飛び出してきた。


 えええええええ!?

 落ち着いてるんじゃないのぉ?


 と、とりあえず介抱しなくちゃ!


「だ、大丈夫ですか!?」


「うう……」


 凄い傷だ。

 何かに殴られたのか?


「バカな!? 僕のチームが負けるだと!?」


「呪いが更に成長しているんだ。やっぱり 秘巫子ひみこを連れてきて正解だった」


 血が出てる。彼を治療しないと。


 私はハンカチを出して止血した。


秘巫子ひみこ。彼は医療班に任して中に入ろう」


「う、うん」


 ああ、嫌だけど仕方ない。

 

 家に入ると中は散らかっていた。

 

「うわぁ……。ぐしゃぐしゃだぁ」


 線香の匂いが鼻腔に広がる。

 聞こえてくるのは僧侶たちの読経である。


 玄関から少し行けばリビングだった。

 そこには4人の僧侶がいて1人の男の子を囲んで読経していた。


 一見すると小学生低学年のようで普通の子供である。

 しかし、肌は青白く目は真っ赤に充血していた。それに妖気の強さが尋常じゃないほど大きい。

 そして、右腕が異様に長かった。


 何あれ?


 その気持ち悪さに思わず息を呑む。

 2メートルはあるだろうか。明らかに少年の背より長い。象の鼻のように伸びている。

 彼はその腕をムチのようにしならせて僧侶を弾いた。


バジィイイインッ!!


 僧侶は吹っ飛ぶ。


 ひぃええええ……。

 あ、あんなのと戦うとかありえないって。


 少年は私を睨んだ。


 あ、ヤバいやつだこれ!


 ニヤリと笑ったかと思うと、その長い腕を私に向かって投げつけた。


「ひぃいいいいッ!!」


 少年の腕は空を切る。

 バキンと破壊したのは私の後ろにあった壁である。


 私は 彌勒みろくさんの腕に抱かれていた。


 やべーー。

 助かったぁあ……。


「大丈夫か?」


「はい。ありがとうございます」


「お前に傷はつけさせない。約束だ」


  彌勒みろくさんは法武術を使って少年の攻撃を受ける。


秘巫子ひみこ。今のうちに!」


 それじゃあ、私の仕事をしようか。

 えーーと、タブレットを持っているのは……。海善さんか。

 

呪図じゅずはスキャンしましたか?」


「ああ。しかし、文量が多すぎて解読に時間がかかっているんだ」


 私は海善さんからタブレットを受け取った。


「君が見ても無駄だよ」


「…………」


 その画面は漢字の羅列だった。

 素人には何が書かれているのかさっぱりわからないだろう。

 これは呪図といって呪いの設計図のような物。

 呪いの力が文字になって表示されている。しかも、文字は生きており炎のように揺らめく。


 解呪とは、この呪図に向けてお祓いをする行為なのだ。


 今の時代は便利だな。

 飛鳥時代に発生した陰陽師は、令和になるとハイテクなんだ。


 安倍家が作ったオリジナルアプリを使えば呪いの文言を透視することが容易。

 対象を写真で撮ればいいだけなんだからね。

 写真を撮っても文字は動いている。GIFアニメみたいといえばわかりやすいかな。

 

 私は画面をスライドさせる。

 

 文字の羅列。


 終わりがわからない。

 途方もない量だな……。


「これはいつ撮影しましたか?」


「10分前くらいだね」


「じゃあ、もう一度」


カシャリ!


「なぜもう一度撮るんだい? そんなことをしたって無駄だろ?」


「無駄かどうかは見てみないとわからないですよ」


「だから、見ても無駄なんだ。文字量が多すぎてとても1日じゃあ解読できないよ」


「だったら違いを見つけるのはどうです?」


「何の話だ?」


「イギリスの絵本にあるじゃないですか。丸眼鏡の男の人を探すやつが」


「??」


 まぁ、実際に見比べてたら日が暮れるから文明の力を行使させてもらうけどね。

 画面を2分割して、さっき撮った呪図と10分前の呪図を並べる。


「互いの範囲を全部に設定して相違する語を調べるんですよ」


「何!?」


「ホラ出た。赤い単語が変わっている文字です」


 つまり、呪いの文言を変えている箇所。


「成長している呪いの正体ですよ」


「そ、そんな!? 変革呪字へんかくじゅじをこんな短時間で見つけたのか!? な、なら清めの護摩焚きの準備だ!」


「そんな時間はないです」


「バカを言うな! 護摩の設置には少し時間がかかるが半日もあればできるさ!」


 それじゃあ遅すぎる。


「筆を」


 ここからはアナログなんだよね。


 和紙に墨汁で文字を書く。

 それは、さっきタブレットに表示された3つの赤い文字。


「殺水」「呪血」「怨音」


 タブレットの写真を見ながら筆を走らせる。

 海善さんは眉を寄せた。


「そんなことをしても無駄だ! 呪図と同じ文字形もじがたちでないと意味がない! やはり護摩の準備が必要なんだ!! 形式を守らなければ呪いは払えない!!」


「ええ。だから同じ形を模しているんです」


「なんだって!?」


 イラストは下手なんだけどさ。

 これだけは才能があったみたい……。

 

「これが 秘巫子ひみこの能力だ。彼女は同じ文字形を書くことができるのさ」


「な、なんだって……!? じゃあ、全ての文字を祓わなくても済むのか!?」


「そうだ。本来ならば俺たち陰陽師は呪図に描かれた全ての文字をお祓いする。その場合、呪図に描かれた文字が多ければ多いほど時間がかかるんだ。ところが、彼女は呪いの性質を見極めて一瞬で洗い出してしまうのさ」


「し、しかし。動く文字の正しい形をどうやって捉えるんだ?」


「彼女いわく慣れらしい」


「じゃ、じゃあ……。陰陽師の儀式を短縮できるのか?」


「そうだ……」


「信じられない。一千年以上も歴史のある解呪儀式だぞ……」


「江戸時代後期に活躍した浮世絵師、葛飾北斎は動いている波の動きを静止画として脳内で確認できたという。彼女がやっていることは北斎と同じことなのさ」


「す、すごすぎる……」


 さぁ、書けたわ。

 墨汁で和紙に書いた呪い文字。これらを、ライターの火で燃やす。

 これが護摩だき供養の応用よ。


 印を結び、清める。




「急急如律令!」




 暴れていた少年は気を失って倒れた。

 象の鼻のように長かった腕は元の長さに戻っていた。


「お、終わったのか……?」


「ああ。もう妖気は感じられない」


「し、信じられない……。僧侶がやれば日を跨ぐような解呪を……。じゅ、10分もかかってないぞ。こ、こんな短時間で……」


「これが彼女の力なのさ」

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