第9話 勇者達は今
戸倉高校二年三組が勇者として召喚されてから半年が経過した。彼らは今、魔王軍の砦に向かって進撃する準備をしている。
ほとんどの勇者が戦意を高めている中、一志の友人である飯田銀次郎は悩んでいた。
(皆、おかしいよ!僕たちはただの高校生だったはずだ。どうしてこんなに戦いたがるんだ……)
「飯田君、どうしたの?」
「ああ、花形さん。ちょっと緊張してるだけだよ、なんでもないから……」
「そんな風には見えないなぁ、体調が悪いなら私のスキルで――」
「い、いや!ほんとに緊張してるだけなんだ!」
「おいおい、飯田よぉ。お前の漆黒魔術は頼りになる戦力だろぉ?しっかりしてくれや」
西村拳太がなれなれしく飯田と肩を組んだ。西村はハッキリとした性格の持ち主だ。強い者が好きで弱いものを見るとムカつく。
飯田のスキルと異世界への順応の速さを目の当たりにして、西村は飯田を使えるヤツだと思うようになったのだ。
「俺のスキルは特攻だからさ、遠くからチクチクやれる飯田のスキルがねぇとな。誠司もそう思うだろ!?」
「ん、どうした?」
クラスメイトの女子だけでなく、異世界人の女性とも話し込んでいた星川誠司は飯田達の方に歩いてきた。
「いやさ、こいつビビってんだって」
「う、あはは……」
「銀次郎は遠距離担当だろ?大丈夫、お前の所には敵を近づけさせないよ」
星川は爽やかに飯田の肩を叩いた。
(星川君は本当に皆のヒーローなんだなぁ……)
しかし、飯田の心のモヤモヤは晴れなかった。
(でも、僕がどんなに強かったとしても、人は殺せないよ……)
漆黒魔術は闇を通じて離れたところを覗くことが出来る。夜になれば敵の砦と王国軍の野営地が闇で繋がるので、飯田は索敵を任された。
確かに魔王軍の容姿は普通ではなかった。浅黒い肌、やや大きい体、青い目。日本人からすれば驚いてもおかしくは無い見た目だ。
でも、ただそれだけ。彼らが仲間と笑いあうのも、食事を取るのも、飯田の目にはただの人間の行いに見えた。
飯田は皆とは少し離れた場所に座って、夜風に当たった。
「魔王軍を倒したら、彼らはどうなるんだろう。捕虜ってやつになるのかな……」
「ええ、生きていればそうですね」
「わっ!」
テレーズが飯田の独り言に割り込んで来た。
「なんだ、驚かさないで下さいよ」
「ふふふ、すいません。ちょっとした悪戯心です」
「あの、捕虜になった人はどうなるんですか?」
「魔族共は牢獄や鉱山で労働力になります。悪戯に殺したりはしませんよ。私たちの神がお怒りになります」
飯田は宗教については良くわからないので、自分に置き換えて考えることにした。
僕の好きなアニメ、魔法少女マジカル・サクラの主人公、桜ちゃんを神だとすると、テレーズさんの考えも分かる気がするな。そう思った。
「そ、そうだ!牢獄って言えば、太刀山君は……」
テレーズはわざとらしくシュンとした表情を見せた。
「ご、ごめんなさい!テレーズさんの前で言う事じゃないですよね」
「お気になさらず。彼は今牢獄の中でしっかりと反省していることでしょう。そしていつか、更生して皆さんの前に戻って来るのです。異世界人だろうと乱痴気者だろうと、人はみな神の子ですから」
「らんちき……?は、はぁ……」
飯田は、一志の犯した罪を内心信じられていない。クラスメートも皆一様に一志は性犯罪者だと思っている。
太刀山君がそんなことするかな。皆の前でそう言ったら、責められる。だから飯田はこの疑問を誰かに吐き出すことが出来ていない。
「ところで飯田様」
「はい?」
「私の目を見て下さらない?」
「あ……」
飯田の目が虚ろになった。そして、彼の頭の中からこれまでの悩み、不安が無くなり、魔族を倒しグリンデル王国の領地を広げるという固い意志が芽生えた。
「僕は、何を……」
テレーズはもうどこかに消えていた。
「こうしちゃいられない。皆の所に行って明日の作戦を確認しよう」
建物の影に隠れたテレーズは淡々と思考を巡らせる。
飯田の漆黒魔術は、精神汚染に関わる闇魔術の派生だ。そのせいでテレーズのスキルが効き辛い。
どのようにして勇者たちをコントロールすれば良いのかを、テレーズはそろ盤をはじくかのように考える。
そんな二人のやり取りを、物陰から観察していた男が居た。
眼鏡をかけたこの男の名は、鞠宮弥彦(マリミヤ ヤヒコ)。戸倉高校に提出された彼の志望理由には家から近いからと書いてあった。
教師たちは驚いた。難しい学校にそんな理由で合格したからではない。戸倉高校の偏差値は並程度なのに、全国模試トップクラスの彼が入試で満点を叩き出し入学したからだ。
鞠宮の固有スキルの名前は地獄の看守。超高強度かつバリエーション豊富な鎖を体の至るところから射出する能力だ。飯田の様な精神汚染に抵抗できるスキルではない。
しかし彼はどこまでも正気だった。皆のように洗脳されたふりをしてここまでやり過ごしてきたのだ。それを可能にした理由はただ一つ。
鞠宮弥彦は、鋼の心を持っていた。
「さぁ、どうやって逃げおおせるかな」
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