Forget - 忘却(5)
――コンコン。
「少年……もとい、
扉をノックして十数秒ほどの間に反応は無く、息を呑みながら身構えていると、扉の向こう側に微かな気配を感じ、私は胸を撫で下ろす。
『その声は……さっきの変態水着チビ……。まだ居たのか……』
「チ……ビ……?」
先ほど出会ったばかりだというのに拘わらず随分な言われようだと、私は
「さっきは驚かせて悪かったね。自己紹介が遅れたけど、実を言うと私はお姉さんに雇われた家庭教師なんだ」
『家庭……教師……?』
「自慢じゃないけど、私はこう見えて人生経験が豊富でね。キミの知らないことをたくさん知っているし、勉強なら全教科なんでも教えてあげられる巷で有名なスーパー家庭教師なのである。ガハハ!!」
まずは最悪のファーストコンタクトをしてしまったマイナスポイントを取り返そうと、私は出来る限り砕けた口調で関係修復を図りながら扉に向かって語りかける。
だが、そんな私の魂胆を見透かしているかのように、猜疑心と敵意に満ち満ちた声が扉の向こうから返ってきた。
『嘘だ。記憶喪失だって、さっき自分で言ってた。頭の中がカラッポの能天気頭に教わることなんて何も無い。とっとと家から出てけ』
「コイツ……めっちゃ口悪いな……。というか、初対面の相手にそこまで言う……? まあ、それでも会話に応じてくれているだけマシか……」
少し斜め上の毒舌っぷりに驚きこそしたものの、概ね想定どおりの展開であると許容し、もたれかかるように座り込んで扉の前に陣取る。
「お姉さんから事情は聞いたよ。お母さんとキミの二人で暮らしていたことも、再婚したことも、学校に行っていないことも。家族にすら顔を見せないってことは、君は家族が嫌いってことだよね?」
『そんなわけ……というか、そんなことお前にカンケイないだろ!?』
扉に何かがぶつかる音が鳴ると同時に、私の背中へと振動が伝わってきた。
その反応を頃合いとみて、私は次のフェーズへと話を進める。
「そうか、それは大変。突然だけど、実を言うと私の正体はスーパー家庭教師なんかじゃなく、巷を騒がせている大泥棒だったりする」
『はあ……? なに言ってるんだ……コイツ……? 頭大丈夫か……?』
「さて、ここで問題です。この家には莫大な財産が隠されています。泥棒はそれが目当てでお姉さんを騙し、この家に潜り込みました。泥棒はお目当てのものを奪ったら立ち去るつもりではあるけれど、お姉さんは泥棒の顔を見ています。このあと泥棒はお姉さんをどうするでしょうか?」
再びの沈黙のあと、呆れを十分に表現した吐息とともに、背中から声が響く。
『はぁ……馬鹿馬鹿しい……付き合ってられない。この家にそんなものがあるわけない。俺がそんな釣りに引っかかるとでも思ってるのか?』
「そう思っているならそれで構わない。その代わり、
腰を上げて立ち上がり、私が階下へ向かおうとすると、扉の隙間から少年が顔を覗かせ、私はそれを察して立ち止まる。
「……待て。お前は俺に何をさせたいんだ?」
「実を言うとね、君のお姉さんから隠し財産の在り処を聞き出そうと思ってたんだけど、口を割ってくれなかったんだ。だから、君から聞こうかなって?」
「まだ続けるのかよ……。茶番劇はもういいか――ら……!?」
私はその隙を見逃さなかった。
振り返りながらも、ドアノブを引っ張って強引に開け放ち、左腕を扉の隙間へ潜り込ませ、そして隠し持っていた包丁の先端を少年の喉元に向かって突き出す。
すると、少年は驚きながら限界まで背を反らしつつ、数歩ほど後退る。
「い、いきなり何すんだ……!? そんなもの振り回して危ないだろ!?」
「自分のことを棚に上げてよく言うね、少年。まあ、私は必要なものは現地調達することにしてるから、キミが武器の調達を手伝ってくれたことには感謝してるよ?」
「それは……血……?」
私が包丁をジャグリングのように回していると、赤く染まった包丁の切っ先に気付いた少年は、自分の喉元を拭うものの、服の袖が赤くなることはなかった。
「俺のじゃない……? お前まさか……」
刃先に付着した赤いそれが自分のものではないという事実に気付いたのか、少年は目を見開いて血相を変え、絞り出すように声を発した。
「おやおや? 茶番でこんなことやってるとか、まだ思ってたの? 引き篭もりの坊っちゃんは平和だね。言ったでしょ? 君のお姉さんは
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