第7話「知ってるよね、忘れてるだけで」

「……あ、あれ?」

 いつまで経っても何も起こらないと思い、おそるおそる目を開けると、


「ぐ……」

 徹がその場で立ちつくしていた。


「ちょ、どうしたのよ!?」

「あ、あ……」

 よく見ると徹は震えているようだった。


「へ? って優希みたいなのにビビってんじゃないわよ!」

「こ、怖えんじゃねえよ。けどなんか分かんねえけど……」

 徹はそう言いながら胸に手をやり、

「ここが締め付けられる気がして……とにかく、できねえよお……」

 涙を流し、その場に座り込んで顔を伏せた。

「く、くう、そうだったわ。優希は……もういいわ、行こ!」

 まどかが徹の腕を取り、そこから去ろうとした。


「待ってよ! お姉ちゃん、もうそんなのほっといて元に戻ってよ!」

 千恵が引き止めようとすると、

「元にって何よ! やっと恋人できたのがそんなにいけないの!?」

「え?」

 まどかは千恵を睨んだあと、俯きがちになって話し出した。


「……私って全然男の子に好かれなかった。だからさ、徹が口説いて来てくれたのが本当に嬉しかったのよ」


「あの、僕と哲也君もお姉ちゃん好きだけど」

 優希が自分を指して言うと、

「あんた達は弟みたいなものだからノーカウントよ」


「まどか姉ちゃん、それはねえだろ」

 いつの間にか哲也がそこにいた。


「ちょっと、見てたなら助けなさいよ!」

 千恵が哲也を睨むと、

「いや、手を出す暇がなかった」

「あ、それもそうね」


「……ふん、ちょっとからかってやるつもりだったのに、格好まで合わせてきてよ、バカな奴だよ」

 徹は顔を伏せたまま言う。


「てめえ!」

 哲也が拳を上げたが、

「けどよ、そこまで好かれるって幸せな事だよな」

「え?」

 その言葉を聞いて手を止めた。


「……まどかだけだったよ。俺の相手してくれたの」

 徹は顔を上げ、まどかを見つめる。


「俺、親からも殆どほっとかれてさ、誰もロクに話聞いちゃくれねえ、仲間もできねえだったんだ」


 努力しようとはしたよ。

 流行りのもの自分なりに研究して話してもだめ。

 いや思えば合わせてくれた奴もいたけど、そこで俺が調子に乗りすぎてたんだろな、気が付けば皆離れていたよ。


「それで高校でならとも思ったが、やっぱダメなまま二年になって……たまたま目についた、それまで殆ど話した事なかったまどかをやけっぱちで口説いたら、嬉しそうにしてくれた……俺も嬉しかったよ。やっとだって」

 徹はまた涙を流していた。

「じゃあお姉ちゃんにあわせてくれたらよかったのに」

 千恵が言うと、

「……そうだよな。けどつまんねえ意地が残っててよ……ごめんな、姉ちゃんこんなふうにしちまってよ」

 徹は千恵の方を向いて頭を下げた。


「って俺、なんでこうスッと素直に話せてるんだ、悪かったって思えて謝れているんだ?」

 徹は自分自身の言動に驚いていた。


「優希を見たからでしょ。どんな人でもあいつをじっと見たらそうなっちゃうのよ」

 まどかも目に涙を浮かべて言う。

「そうなのか。なんでだ?」

「何年も姉代わりのつもりだけど、未だ分からないわよ」

 そう言って頭を振るまどかだった。


「なんつーか、相変わらずすげえな」

 哲也が優希の肩を抱いて言う。

「え、えと?」


「あ、優希君本人も分からないんだ」

「そうなのよ。これ、聞いただけじゃ信じられないわよね」

 千恵が美瑠に言った時だった。


「……うっ?」

「どうし、ううっ!?」

 まどかと徹が頭を抱えて蹲った。


「え? お姉ちゃん、どうしたの!?」

 千恵が駆け寄ろうとすると、

「待って、憑いてた奴が出てくるみたいだよ!」 

 美瑠が千恵の手を掴んで止めた。


「え? 姉ちゃん達ってなんかに憑かれてんのか?」

「そうみた……え?」


 二人の全身から黒い煙のようなものが噴き出し……。


 それがだんだんと黒い人の形を取っていく。


「な、なにあれ?」

「悪霊か?」

 千恵と哲也が怯みながら言い、


「やっぱだったんだ」

 美瑠が小声で言い、


「……え?」

 優希は呆けていた。

 恐怖からではなく、なぜかあれを知っている気がして。


「オノレ、せっかくコイツらを悪の道にと思ったのに邪魔しおって」

 悪霊?が声を発した。


「なんだとてめえ!」

 哲也が声を荒げ、

「美瑠、あれどうにかできるの!?」

 千恵が悪霊を指して尋ねた。

「うん、皆ちょっと離れ、え?」

 

「お、お前さえいなければ……死ねえ!」

 悪霊が素早く優希に襲い掛かった。


「優希!?」


 だが、


「……え、な? ギャアアアー!」

 悪霊は優希に覆いかぶさった途端、なぜか光り輝いて消えてしまった。


「……へ?」

 優希は何が起こったか分からず呆けていた。


「えと、どうなったの?」

 千恵がおそるおそる美瑠に尋ねた。

「消えちゃったよ。優希君の霊力って思ってた以上に強かったみたい」

 美瑠が無表情になって言った。


「そ、そりゃよかった」

 哲也が胸をなでおろし、

「ええ。ってそれは置いて、お姉ちゃん達大丈夫!?」

 千恵が二人の傍に駆け寄った。


「優希、自分でも知らずにだろけど、悪霊退治お疲れさん」

 哲也が立ち尽くしていた優希に声をかけると、

「……ううん、あれは悪霊じゃないよ。人の心の闇だよ」

「へ?」


「ってなんで僕、それを知ってるんだろ?」

 優希は自分で言ったことに首を傾げた。




「知ってるよね。忘れてるだけで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る