R.B.ブッコロー版 学園恋愛物語

帆糸奈古

第1話

 有隣学園の特待生ブッコローはぬるま湯に浸かるような学生生活を送っていた。これといった不満もなく面白みもない、生来の頭の良さと人類の上位互換であるミミズクという出自に甘えた人生(?)。


 そんな彼の転機はある一冊のノートを手にしたところから始まった。


「これを届けてほしい?」

「そうなんです、ブッコロー先輩!私ってほらぁ、人見知りじゃないですかぁ〜」

「先輩って言えば僕が届けると思ってます?そんなにチョロく見えるかなぁ」


「お願いですブッコロー先輩♡」と自慢の毛並みをわしゃわしゃと撫で回す安楽庵お楽。彼女はかわいい後輩、というわけでもなく、ただ天文学的に運の悪い同級生の陽キャラだ。ふざけてよくブッコローを先輩呼びして後輩キャラで話しかけてくる。しかしハムスター顔のかわいい女の子に甘えられて悪い気は……。


「お楽ちゃん、この間僕にニトログリセリンぶちまけたの忘れた?」

「それはそれ、これはこれです!ほらゴー!ブッコロー先輩ゴー!」


 ノートを頭に乗せられたブッコローはツインテガール安楽庵の手によって自分の教室を追い出される。職員会議による短縮授業、しかしクラスでお喋りに興じている生徒もまだ多く残っていた。

「指スマ三!」「カラオケ行こうぜ、会員証持ってる?」「パチこくなよお前!」

様々な声が行き交い、陽光が渡り廊下に舞う埃を透かす。ブッコローは羽とくちばしを器用に使ってノートの名前を確認した。


 二年B組 ゴンザレス明美伽耶子。


「いや名前!!どこの国の人!?!?」


 突っ込まずにはいられない。しかし一度請け負った以上届けるのが筋だろう。

 ブッコローは真面目というよりは手を抜くのが上手い。だからここで断っては自分の評判に傷がつくとわかる。それは嫌だ。思春期とは自意識過剰で他人の目が特別気になる、そういうお年頃なのだ。わかってくれ。

 埃をめいっぱい吸ってしまったかのように肺が重たい。憂鬱に流されるまま何も考えず隣のクラスに乗り込んだ。


 教室のドアは開け放たれていた。解放感あふれる放課後に閉まっているドアの方がこの学園では珍しい。閉まっているときはよくない噂話が開催されているか、よくないトラブルが勃発している。つまり今のB組は平和。ブッコローが脳死で乗り込んでも問題ない状況だと保証されていた。


「あのぅ……明美さん?いらっしゃいますかねー」


 呼び名として、一番無難な部分を切り取った。これなら相手のコンプレックスを刺激することなど、万に一つもないはずだ。しかしB組の空気は少しどよめいた。僕、また何かやっちゃいましたかね、とブッコローが口を開くよりも先に、ふわりと金木犀の香りが漂う。


「私のこと、ミドルネームで呼ぶ人なんて初めて……」


 ばっと振り返った先には美少女がいた。宝石のように艶めく黒髪を真っ直ぐに腰まで伸ばし、切長の瞳には冷たく燃える意思の炎が宿っている。雪のように白い肌に、頬にだけ桜色が散っていた。


 それが明美とブッコローの出会いだった。

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