12本目(2)まだ君がいる
「ど、どうしましょう⁉」
「……」
「まさか僕ら以外全員なんて……」
「………」
「こんなことがあっていいのか……」
「…………」
「え、笑美さん! 黙ってないでなんとか言って下さいよ!」
「……アレやな」
「え?」
「バカは風邪ひかないっちゅうんはホンマなんやな」
「じょ、冗談を言っている場合じゃないんですよ!」
「しかし、すごい確率やで、ウチらだけ罹らへんって……」
「か、感心している場合でもないんですよ!」
司は若干いら立ち気味に声を上げる。
「イライラしても、事態は好転せえへんで?」
「そ、それはそうかもしれないですけど!」
「まあ、ちょっと落ち着けや……」
「お、落ち着いてなんかいられないですよ!」
「水でも飲みや」
笑美が水のペットボトルを手渡す。司はそれを受け取り、勢いよく飲む。
「ゴクゴク……ゲホッ、ゲホッ!」
司がむせる。笑美は苦笑する。
「あらら、落ち着くために水渡したのに、落ち着いてないな~」
「ゲホッ……」
「待てよ……」
「?」
「ある意味“オチ”はついたか? ……な~んちゃって」
笑美が後頭部に片手を添える。
「だ、だから!」
「ん?」
「そんなことを言っている場合じゃないんですよ!」
「まあまあ……」
「まあまあって……どうするんですか⁉」
「どうするって……そんなもん決まってるやないか」
「はい?」
「ウチと君のコンビで決勝に臨むしかないやんけ」
「ええっ⁉」
司が驚く。
「そないに驚くことか?」
笑美が首を傾げる。
「そ、それは驚きますよ! こ、ここに来てですか?」
「満を持してって感じやね?」
「い、いや、決してそういう感じでは……」
「なんや、もう忘れたんか?」
「は、はい?」
「春に自分とウチで漫才やったやん、なんたら説明会で」
「部活動サークル活動説明会」
「そう、それ」
笑美が司を指差す。
「で、でも、その1回だけじゃないですか⁉」
「1回でもやってたら十分やろ」
「そ、そんな……」
「それに、ネタの読み合わせでは、司くんが何度も欠席者の代理を務めていたやん」
「そ、それはそうですけど……」
「な? 大丈夫やって」
「さ、さすがに……」
「……知っとるで」
「え? な、なにをですか?」
「膨大なネタ帳の中から、いつも必ず何冊だけ持ち歩いているよな?」
「よ、よく見ていますね……」
「観察眼が命やからな」
笑美が自らの目元に右手の人差し指を添える。
「あ、あれは、メンバーの皆さんそれぞれのネタ帳ですよ……」
司が自分の鞄に目をやる。
「その中に一冊だけ……!」
笑美が司の鞄をビシっと指差す。
「!」
「他とはメーカーの違うノートが入っているよな?」
「そ、それが何か?」
「君専用のネタ帳やろ?」
「! え、えっと……」
「自分ももう一度演者として出てみたいという欲求が湧いてきたんとちゃう?」
「あ、憧れのようなものですよ! 僕はあくまでも作家志望ですから!」
「憧れさえあればどうとでもなる。それがいっちゃん大事なもんやからな……」
「し、しかし、地区予選決勝ですよ! 前回とはわけが違う!」
「それならウチが漫談するしかなくなるけど……」
「そ、それは規定に引っかかるかも……確認はしてませんけど」
「じゃあ、このまま不戦敗か?」
「⁉」
「……例えば地区予選準優勝でも、事情が事情やし、交渉次第ではセトワラの活動は継続出来るかもしれんけど……ウチは今のメンバーでもうちょっと続けたい!」
「……!」
「クソ真面目な屋代先輩」
「クソって……」
「ゴリマッチョな江田先輩」
「ゴリって……」
「いつもうるさ……明るい礼明ちゃん」
「今うるさいって……」
「いつもやかま……楽しい礼光ちゃん」
「今やかましいって……」
「オタクな……マニアックな因島くん」
「完全にオタクって言った……」
「チャラ男な……ムードメーカーな倉橋くん」
「完全にチャラ男って言った……」
「ワガママお嬢様な優美ちゃん」
「ワガママって……」
「キッチリ執事な小豆くん」
「キッチリって……」
「クレバーなオースティン」
「確かにわりと堅実ですよね……」
「クールなエタン」
「寡黙ですよね……」
「ハッピーなマリサ」
「朗らかですよね……」
「……この個性的なメンバーともっともっと思い出を作りたくはないか?」
「……作りたいです! やりましょう! 漫才!」
「……ネタ帳見せて。30分で仕上げるで」
笑美が腕を組んでニヤリと笑う。
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