12本目(1)決勝直前の検討

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「おはようございます!」


 部室にやってきた笑美に司が元気よく挨拶する。


「おはよう……」


「すみません、わざわざ来てもらって……」


「学校で集合してから向かおうという話やったけど……さすがにちょっと早ない?」


 笑美が時計を確認しながら苦笑気味に尋ねる。


「……実は笑美さんには、一時間早く集合時間を伝えました」


「ええ?」


「どうしても確認しておきたいことがあって……」


「確認しときたいこと?」


「はい」


「……それはあれやな。今日の決勝をどの組み合わせで臨むかということやろ?」


「……そうです」


 司が深々と頷く。


「昨日も終わってから、この部室で散々やったやんけ。それで結論に至った……」


「そうですが……」


「……不安なんか?」


「はい、あらためて笑美さんのお考えを伺いたくて……」


「練習を含めてネタを一緒にやっとる屋代先輩とウチのコンビが鉄板! ……それでええんちゃうかと思うけどな」


「はあ……」


「本番でなにかアクシデントがあったとしても、経験あるウチと冷静な屋代先輩なら対応することが出来る……限りなくベストに近い人選やと思うけど」


「それは確かにそうだと思いますが……」


「不安は拭えんか?」


「皆さんが来るまでの一時間で、もう一度組み合わせを検討したいなと……」


「ふむ……」


 椅子に座った笑美が顎をさする。司が恐る恐る尋ねる。


「ダ、ダメでしょうか?」


「ダメって言うても、納得せえへんのやろ?」


「そ、それは……」


 笑美はフッと笑みを浮かべる。


「部長は司くんなんやから、司くんの気が済むようにしたらええがな」


「! そ、それでは!」


「ああ、検討し直そうか……」


「はい! ありがとうございます!」


 司が笑美と向かい合うように座る。


「まずは?」


「カルテットです!」


「カルテット?」


「この大会ではまだカルテットで漫才をしていません、審査員やお客さんの意表を突けるかなと……」


「……組み合わせは誰やったっけ?」


「屋代先輩と小豆くんとエタン、そして笑美さんです」


「あ~昨日やったな……真面目トリオとウチか」


「ええ、そうです」


「真面目な三人がそれぞれ、どこかちょっとズレたボケをして、それをウチが片っ端から突っ込んでいくっていうネタやったな……」


「はい、そうです……」


「う~ん……」


 笑美が腕を組む。


「ダメでしたか?」


「三人ともキッチリとし過ぎなんよね……」


「キッチリとし過ぎ……」


「ええんよ? ちゃんとやってくれんのはさ、ただ、型にハマり過ぎかなっていう感想を持ったな」


「ああ……」


「後、三人とも比較的寡黙な方やからな……どうしてもウチが一方的にまくし立てるような感じになってまうよな。かといって、三人のセリフを増やせばそれで良いのかって気もするし……」


「ふむ……」


 司がノートにメモを走らせる。


「やっぱり今回は見送りちゃうかな……」


「なるほど、それでは次の組み合わせですが……」


「なんやったっけ? 昨日のことやけど忘れてまうな……」


「次もカルテットです。笑美さんと因島くんと倉橋くんとマリサです」


「ああ、せやったな……」


「陰キャの因島くんと陽キャの倉橋くんの対比をしているところで真性の陽キャであるマリサに倉橋くんが次第に圧倒されていく……というようなネタです」


「黒船来航って感じやな」


「そういうイメージですね」


「うん……」


 笑美が首を傾げる。


「ダ、ダメでしたか?」


「これは昨日も似たようなことを言うた覚えがあるけど……」


「はい……」


「ネタの構成的な問題が生じるよね」


「構成的な問題……」


「どうしても因島くんの影がどんどん薄くなってまうよね?」


「ああ、はい……」


「因島くんも倉橋くんに対して、いわゆるカウンターをするけど、どうしてもパンチが弱いかなっと……」


「弱いですか……」


「極端な話、因島くんには外れてもらって、倉橋くんとマリサとウチのトリオでやった方がネタの収まりが良いちゃうんかな?」


「ああ、なるほど……」


「ただ、それはそれで、陽キャに偏り過ぎかなとも思うな……」


「ふむふむ……」


「これも今回は見送りちゃうかな……」


「……それでは次の組み合わせですが……」


「トリオやったっけ?」


「そうです。能美兄弟と」


「これも練習含めて何度もやった組み合わせやな……」


「ええ、コンビネーションなどは良かったと思いますが」


「前回講堂でやったときは、いわゆるしゃべくり漫才やったけど……」


「少し捻って、コント漫才をやってもらいました」


「ううん……」


 笑美が首を捻る。


「……ダメでしたか?」


「ダメというかな……」


「捻りは要らなかったですか?」


「捻り自体はええと思うけど、やっぱりあの兄弟のパーソナリティーを存分に活かすなら、しゃべくり漫才の方がしっくりと来るかなって……」


「ふむ、なるほど……」


「コントも悪くはないと思うけども、唐突な感じが多少あるかな」


「ふむふむふむ……」


「これも見送りやな……」


「それでは次の組み合わせなのですが……」


「次もトリオやったね」


「そうです、江田先輩とオースティンとのトリオです」


「肉体的なマッチョと精神的なマッチョのディベートか……」


「はい、そういうネタです」


「う、う~ん」


 笑美が天井を仰ぎ見る。


「ダメでしたか……?」


「……個人的には凄い好きな雰囲気のネタやけど、お客さんが置いてけぼりになってまうんやないかな?」


「置いてけぼりですか……」


「うん、理解する前にネタが終わってまうというか……」


「ふむふむ、ふむふむ……」


「これも見送りした方がええんちゃうかな?」


「それでは最後の組み合わせなのですが……」


「最後は……コンビやったっけ?」


「そうです。優美さんとコンビ漫才です」


「ああ、お嬢様とメイドのやり取りか……」


「正直悪くなかったと思うんですが……?」


「うん、極めてオーソドックスな感じやったね……」


「他の皆も笑っていました」


「うん……」


 笑美が今度は俯く。


「そんなにダメでしたか?」


「ダメというわけではないよ、ただ……」


「ただ?」


「あのネタなら完全にコントに振り切った方が良さそうやなって……」


「ふむふむ、ふむふむふむ……」


「今回は見送りでもええんちゃうかな?」


「……やはり、屋代先輩とのコンビですか」


「それがええと思うで……」


「そうですね、初心に帰るという意味でも……ん? RANEが……ええっ⁉」


「ど、どないしたんや?」


「み、皆さん、高熱が出て、インフルエンザの疑いで来られないって……」


「ええっ⁉」


 司の言葉に笑美が驚く。

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