10本目(4)それぞれの手応え

「お疲れ様でした!」


 講堂の舞台袖に司がやってきて、四人に声をかける。笑美が問う。


「……えっと……」


「はい」


「どうやったかな?」


「いやいやいやいやいやいや、今回も最高でしたよ!」


「ほうか……それはなにより。ふう……」


 笑美が近くに置いてある椅子に深々と座る。司が尋ねる。


「や、やっぱり……」


「ん?」


「消耗が激しいですか?」


「そりゃあまあ、常に1対3で戦っているようなもんやからな……」


「はあ……」


「だがしかし!」


「!」


「こういう経験は必ずや皆の糧になる!」


 笑美は力強く拳を握る。


「は、はい……」


「もちろん……」


「え?」


「ウチにとってもな……」


「そ、そうですか?」


「そうや」


 笑美が頷く。


「では今後も……」


「ああ、ちょっと変わった組み合わせは続行や」


「ふむ……」


 司が顎に手を当てる。


「ネタ作りは大変やと思うけれども……」


「いえ……ん?」


「みんな、お疲れちゃ~ん♪」


 礼明を先頭にセトワラのメンバーが袖にやってくる。


「江田、なかなか良かったぞ」


「そうっすか? ありがとうっす」


 屋代の言葉に江田が礼を言う。


「良いマッチョポーズだった」


「……どっちが良かったっすか?」


「は?」


「いや、2回やったじゃないっすか、マッチョポーズ」


「あ、ああ……」


「どっちが良かったかなあって気になって……」


「……1回目だな」


「そうっすか?」


「ああ、2回目は少し力が入り過ぎたように感じるな……」


「なるほど……」


 屋代の答えに江田が頷く。


「……礼光ちゃん、違い、分かった?」


「……全然。分かるわけないでしょ……」


 礼明の問いに対し、礼光は首を左右に振る。


「そうよね~」


「まあ、本人が反省しているんなら別に良いじゃないの?」


「今後の成長につながるかしら?」


「伸ばすべきところ間違っているような気がするけど……」


「ん? なんか言ったっすか?」


「う、ううん!」


「な、なんでもないです! お気になさらず!」


 能美兄弟は江田に向かい、揃って首をブンブンと振る。


「……小豆」


「はっ」


 どこから持ち込んだのか、豪勢な椅子に腰かけた優美が声をかけると、小豆はすぐさま紅茶を用意して、ティーカップに注ぐ。優美は香りを楽しんだ後、紅茶を口に運び、呟く。


「やはり、ネタの後の紅茶こそ至高ですわ……」


「ごもっともでございます……」


 小豆が丁寧に頭を下げる。


「……何と比べて至高と言っているのでござろうか?」


「それよりもあの椅子だよ。どこから、いつの間に持ち込んだんだ?」


 因島と倉橋が揃って首を傾げる。


「……そこのあなた方」


「は、はい!」


「な、なんでござるか?」


 優美からいきなり声をかけられ、倉橋と因島は背筋をビシっと正す。


「わたくしの出来はどうだったかしら?」


「え?」


「えっと……」


「どうぞ忌憚なき意見を聞かせて下さるかしら?」


「さ、最高、だったでございます!」


「み、右に同じです!」


「はあ……」


 優美はため息をつく。因島は慌てる。


「い、いや、これは失敬! 至高の出来でございました!」


「右に同じです!」


「小豆……」


「はっ……」


「説明して差し上げて」


「はい。よろしいですか、お二人とも。お嬢様が至高というのは、今さら分かりきった事実です。そのうえで改善点はないだろうかとお尋ねになられているのです」


「……わたくしが目指しているのは究極の高みですから」


「そ、それはとんだ失礼を!」


「右に同じです! ……ってか、俺らって一応先輩じゃねえの?」


 因島とともに頭を下げながら、倉橋がぼそっと呟く。


「お疲れサン、オースティン、良かったよ♪」


「ああ、グラシアスデース、マリサ」


 マリサに対し、オースティンが笑顔を見せる。


「……」


 エタンが腕を組んで黙ってオースティンを見つめる。


「うん、エタンはなにやらご不満デスカ?」


「……そういう訳ではナイ」


「では、どうしてそんな不機嫌そうな顔を?」


 オースティンが首を傾げる。マリサが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「オースティン、それは元からですヨ」


「オイ、マリサ……」


「アハハ、ソーリー。冗談ですヨ」


 エタンに対し、マリサがウインクする。


「それで? なんデスカ?」


「言わなければならないカ?」


「言葉にしなければ伝わりマセン……」


「察しロ……」


「無理難題をオッシャル……」


 オースティンが両手を広げて、首をすくめる。


「フム……」


「ちょっと、エタン……」


 マリサがエタンに軽く肘打ちする。エタンは口を開く。


「……想像通りの姿ではなかッタ」


「ウン?」


「これまでにナイ組み合わせ、キャリアの浅サ……様々な条件を総合するト、もっとテンピュールものだと思っていタ……」


「……」


「………」


「アア、エタン……君が言いたいことはつまり……ミーが『テンパる』だろうと思っていたってことで合ってマスカ?」


「……それダ」


「テ、テンピュール……」


 少し恥ずかしそうにするエタンの横で、マリサが口元を手で抑える。


「マア、要は良かったってことデスネ?」


「アア、概ねナ」


「お褒めに預かり光栄デース」


 オースティンがエタンとハグを交わす。


「……皆、それぞれに手応えを得ているようですね」


「うんうん、結構なことやな」


 周囲を見回した司の呟きに笑美が頷く。


「でも……」


「ん?」


「これで満足しているわけではないですよね?」


「ああ、その通りや」


「お笑い甲子園優勝を目指すにはまだまだレベルアップする必要があると……」


「うん、もっと個々の力を伸ばさんといかんし、経験を出来る限り積む必要がある」


「そうですか……」


「だから司くん、あらためて、ネタ作り大変やと思うけれども……」


「大丈夫です!」


「お?」


「お笑い甲子園で優勝……いや、制覇出来るネタをきっと書いてみせます!」


 司が右の拳を高々と突き上げる。


「優勝と制覇を言い直した意味がいまいち分からんけれども……その意気やで!」


 笑美が腕を組んで深く頷く。

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