3本目(4)涙くんサヨナラ

「お疲れ様でした!」


 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。


「どやった?」


「いや、今回も最高でしたよ!」


「そうか……」


「しかし、短い稽古期間とは思えないほど、息ピッタリでしたね?」


「それはまあ……」


「互いの筋肉が良い感じに共鳴したっす!」


「違います、断じて」


 江田の言葉を笑美は一刀両断する。


「と、とにかく、江田先輩もお疲れ様でした!」


「お疲れっす……」


「いかがでした?」


「ふむ、実質初ライブだったわけっすが……」


「ああ、そうですよね……」


「やはり緊張感が違ったっすね」


「そうですか?」


「野球の公式戦とはまた違う、独特の緊張感が漂っていたっす」


「しかし、随所に良いボケをかましていました」


「ありがとうございます」


「ちょっとネタを振り返っていただけますか?」


「第一声の『憧れるっす!』がちゃんと声が出ていたんで……」


「講堂中に響いていました」


「あれである程度緊張がほぐれたっすね」


「要所要所で良いボケが決まっていましたが……」


「タイミングが上手く取れたっすね」


「タイミングですか」


「そうっす」


「なるほど、それが良い結果に繋がったと」


「そういうことっす」


「ちなみにカバディのご経験は?」


「ないんすけど、これを機会に触れて……ストラグルしてみたいなと思ったっす」


「ああ、ストラグルを」


「ええ」


「最後にファンの皆様に一言お願い出来ますか?」


「これからも応援よろしくお願いします!」


「ありがとうございました!」


「何を長々とやっとんねん!」


 笑美が声を上げる。


「え? ネタを振り返ろうかなと……」


「そういうのは後でもええし、もっと真面目にやるもんやねん! 何を急にインタビューコントを始めとんねん! 横でやられる身にもなれや!」


「まあ、冗談はともかく、ありがとうっす、凸込選手」


 江田が笑美に頭を下げる。


「誰が選手や! ……なんですか、急に?」


「君との漫才で、集中力や度胸を磨くことが出来たっす」


「そうですか」


「さすがは勝負の世界で戦ってきた者……学ぶことが多かったっす」


「そんな、大げさですよ……」


 笑美が照れくさそうに自らの頭を撫でる。


「今日の経験は必ず活かしてみせるっす!」


「で、でも……活きるのかな?」


 司が遠慮がちに呟く。笑美が応える。


「人前に立つという意味では同じようなもんやろう、活きるはずや」


「随分広い意味じゃないですか」


「野球場も広いからちょうどええやろ」


「そ、そういうものですか?」


「そういうもんや」


「笑美さんも結構無茶苦茶なことを言いますね……」


「はははっ!」


 笑美と司のやりとりを見て江田が笑う。笑美が問う。


「そういえばどうなんです?」


「何がっすか?」


「さっきのインタビューでは、『これからも……』とおっしゃっていましたけど?」


「ああ、それは口が滑ったというか……でも、お客さんの笑顔と笑い声、あれを見聞きすると病みつきになるっすね!」


「ということは?」


 江田が頷く。


「もうしばらく、この『セトワラ』にお世話になるっす! 笑いは悲しみや涙を場外まで吹き飛ばしてくれるっすから!」


「ははっ、涙くんサヨナラ!やな」


 笑美が笑顔を浮かべる。

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