3本目(1)集中出来ない
3
「……ふん!」
「……」
「……ここなんですけど、ちょっとフリが弱いですかね?」
「…………」
「笑美さん?」
「あ、ああ、うん、もうちょっと強調してもええんちゃうかな?」
「なるほど……」
笑美から指摘を受け、司がネタ帳に赤ペンで書き込んでいく。
「……ふんふん!」
「………」
「あと、ここなんですが……」
「……………」
「あの、笑美さん?」
「あ、ああ、そこはちょっと分かりにくいかな? ワードを変えた方がエエかも」
「確かに、言われてみるとそうですね……」
司が書き込む。
「ふんふんふん!」
「………………」
「最後のこれなんですけど……」
「…………………」
「ちょっと! 笑美さん!」
「え?」
「いや、え?じゃないですよ! 書いてきた新ネタの相談に乗ってくれるって言っていたじゃないですか!」
「あ、ああ……」
「それで……」
「ふんふんふんふん!」
「……………………」
「もう言ったそばから! 集中して下さいよ!」
「集中出来るか! すぐ近くで知らんマッチョが一心不乱に筋トレしているんやぞ⁉」
笑美が指を差した先には、上半身裸で筋骨隆々としたマッチョの青年が汗を流しながら筋トレに励んでいる。司がため息をつく。
「はあ……まあ、あの肉体美に目を奪われちゃうのも分かりますけど……」
「いやいや、そういうことちゃう!」
笑美が手をぶんぶんと左右に振る。
「見ているだけで躍動感を感じちゃいますもんね」
「違和感しか覚えへんねん!」
「ふう……どうかしたっすか?」
筋トレを止めて、青年が笑美たちに話しかけてくる。司が謝る。
「あ、す、すみません、邪魔をしてしまって……」
「なんでアンタが謝んねん!」
「構わないっす、ちょうど一息つこうと思っていたっすから……」
「ああ、それなら良かった……」
「良くないわ!」
「笑美さん、どうしたんですか?」
「アンタがどうした? 誰やねん、このマッチョは⁉」
「ちょ、ちょっと……」
司が慌てる。笑美が首を傾げる。
「なんやねん?」
「こ、こちらの方、先輩ですよ……」
「先輩?」
「ええ、3年の
「もしかして……」
「はい、セトワラの会員です」
「どうも初めまして!」
タオルで汗をさっと拭いた江田が挨拶をしてくる。精悍な顔をほころばせ、爽やかな笑顔を見せてくる。笑美は顔を覆う。
「うおっ!」
「え、笑美さん? どうしたんですか?」
「い、いや、爽やかオーラがまぶしく感じられて……」
「笑美さん、ザ・文化系って感じですもんね~」
「アンタには言われたくないわ!」
笑美が司に反発する。
「いやいや、僕はこう見えても結構スポーツやりますよ?」
「アンタが? 嘘つけ」
「野球とかサッカーとか好きですよ」
「ホンマか~?」
「本当ですよ、パワ〇ロとか、ウイ〇レとか……」
「それはeスポーツやろ!」
「なかなかのコントローラーさばきですよ」
「コントローラーさばいている時点で違うねん、ボールをさばけ!」
「ふふっ……いや~見事っすね~」
江田が二人のやり取りを見て、拍手を送る。笑美が戸惑い気味に首を捻る。
「うん?」
「二人により刺激を受けたっす」
「は、はあ……?」
「というわけで……」
「というわけで?」
「筋トレを再開するっす!」
「いや、なんでそうなんねん!」
笑美が思わず立ち上がる。
「ちょっと笑美さん、邪魔になっちゃいますよ……」
「むしろこちらさんが邪魔やねん! ここはお笑いサークルの部室やろうが!」
「う~ん……やはり上腕二頭筋をもっと重点的に鍛えるっすか……それともインナーマッスルをもう少し苛め抜くとするっすか……」
「せ、先輩も無視せんといて下さいよ! 何をナチュラルに己の肉体と向き合おうとしているんですか⁉」
「体との対話は重要っすから」
「こちらとの対話を疎かにせんで下さい!」
「結構立派なトレーニングジムもこの学校にはあるんですけど……」
「ほな、そっち行ったらええやん!」
司の言葉に笑美はもっともな言葉を返す。
「そっちだとなかなか集中出来ないみたいですよ。こっちは集中出来るみたいです」
「ウチの集中が乱れるわ!」
「正直ジムだと、色々と雑音が入ってきて……」
江田が苦笑する。司が笑美に告げる。
「江田先輩は野球部のエースで四番なので、周囲からの期待も大きいんです」
「ああ、そうなんか……それならしゃあない……ってなるかい!」
笑美が右手の甲をビシっと司に当てようとする。
「!」
「えっ⁉」
江田が手を伸ばし、笑美の右腕をガシッと掴み、まじまじと見つめる。
「恐ろしく早い手の動き……自分じゃなかったら見逃していたっす……その動きを可能としているのは手首のスナップのしなやかさと細いながらもよく鍛えられた前腕緒筋……」
「あ、あの! 離してもらえます⁉」
笑美が声を上げる。
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