2本目(4)これからも勉強させていただきます!

「お疲れ様でした!」


 講堂の舞台袖に司が入ってきて、二人に声をかける。笑美が問う。


「どやった?」


「いや、最高でしたよ!」


「そうか……」


「しかし、風邪が治って本当に良かったですね」


「ライブには間に合わせんとアカンからな、プロとして――」


 笑美がこれ以上ないほどのドヤ顔を見せる。


「……」


「屋代先輩もお疲れ様でした!」


「ああ……」


「いかがでした?」


「ふむ、実質初ライブだったわけだが……」


「ああ、そうですよね……」


「やはり緊張感が違ったな」


「緊張していたんですか?」


「ああ」


「全然そうは見えなかったですよ、ねえ?」


 司が笑美に尋ねる。


「ああ、堂々としたもんでしたよ」


「そうか?」


「ええ」


「そうだとしたら、それは君のお陰だな」


「え?」


 屋代の言葉に笑美は首を傾げる。


「稽古の時からそうだったが……君にうまく引っ張っていってもらえた。さすがは大阪で鳴らしただけはあるな」


「いや~それほどでも……ありますけど」


「ひ、否定しないんですね」


 司が苦笑する。


「“褒め言葉とギャランティーは素直にもろとけ“ウチの座右の銘や」


「どんな座右の銘ですか……」


「アホ、冗談や」


「冗談ですか」


「冗談に決まっとるやろう、どこの世界に『ギャランティー』というワードが入る座右の銘があんねん」


「お笑いの世界ではあるのかなあって……」


「お笑いの世界なんやと思うてんねん」


「金、金、金! ……って世界なのかなと」


「偏見がエグいな」


「違いますかね?」


「まあ、当たらずも遠からずやろうな」


「部分的には当たっているんですか?」


「いや、知らんけど」


「知らないんですか?」


「だって、言うてもアマチュアやったし……」


「プロ云々言っていたじゃないですか」


「意識だけは常に高く持っておこうっちゅう話や」


「ふふっ……」


 笑美と司のやりとりを見て屋代が笑う。笑美が問う。


「そういえばどうです?」


「どうって、何がだい?」


「良い思い出になりそうですか?」


「ああ……正直緊張で頭が一杯だったからな……」


 屋代が顎に手を当てる。笑美が鼻の頭をこする。


「あ~それどころやなかったですか……」


「いや……脳裏にはしっかりと焼き付いているよ」


「?」


「お客さんの笑顔と笑い声がね」


「それは良かった」


 笑美が笑顔になる。司が寂しそうに呟く。


「これで屋代先輩ともお別れか……」


「? なんでそうなんねん?」


「先輩は常々おっしゃっていたんですよ、思い出が作れたら、勉強に専念するって……」


 笑美の問いに司が答える。笑美が尋ねる。


「そうなんですか?」


「いや……もう少し続けるよ」


「えっ⁉ 良いんですか、試験勉強の方は……」


「『笑い』という感情の動きが心や体に良い影響をもたらすということは実証されつつある。僕も今しかできないアプローチで研究してみようと思ってね、これも勉強の一環だ」


「お先に勉強させていただきます!ならぬ、これからも勉強させていただきます!やな」


 笑美が笑顔を浮かべる。

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