1本目(2)セトワラ、爆誕

「……よ、ようこそ、こちらです!」


「部室あるんやね、結構広いやん……」


 男の子の案内で、笑美は部室に入る。


「まあ、無駄に校舎がデカいですから。意外と教室が余っているんですよ」


「……なんやったけ?」


「え?」


「サークル名」


「ああ、瀬戸内海学院お笑い研究サークル……」


「長いな」


「へ?」


「長すぎるわ、名前。いちいちそれを言うんか? 噛んで噛んでしょうがないわ。舌がなんぼあっても足らへんで」


「や、やっぱりそうですかね……」


「いの一番に気付くところやろ……」


 笑美が呆れ気味に呟く。男の子が感心する。


「ちょっとネタを見ただけで、問題点に気が付くとは……さすがプロ……」


「プロちゃう、プロ志望やっただけや……」


「し、失礼しました……」


「略したら?」


「はい?」


「サークル名、例えば……『セトワラ』とか……」


「おおっ!」


 男の子がグイっと笑美に顔を近づける。笑美が戸惑う。


「な、なんやねん……」


「一気に親しみやすさが増しました! さすがです!」


「こんなん誰でも思いつくやろ……」


「いや~それが、相談出来る相手がいないとなかなか……」


「……さて、そろそろ失礼しようかな」


 笑美がそそくさと部屋を出ようとする。男の子が慌てて止める。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 検討終えるの早すぎません⁉」


「嫌な予感がしたからや」


「嫌な予感?」


「ああ、このサークル……会員、キミ一人ってオチやろ?」


「ギクッ」


「古臭いリアクションすんな、まあ、一応見学はしたからな、義理は果たしたで。ほな……」


 笑美が出ていこうとする。男の子が声を上げる。


「6人います!」


「ええ?」


「僕を除いて、会員は6人です!」


「へえ……」


「僕を合わせると、7人ですね」


「分かっとる。義務教育受けとるわ」


「すみません……」


「なんや、結構人数おるやん」


「あ、ちなみに壁に名前が……」


 男の子が壁を指し示す。会員の名前が書かれた木の札が掛けてある。


「ほう、大学の落研みたいな……それならさ」


「はい?」


「別に無理に勧誘せんでもええんちゃう? サークルなら十分な人数やろ?」


「いや、やっぱり1年生には入ってもらった方がいいじゃないですか」


「そういうもんかね」


「そういうもんです」


「それに……」


「それに?」


「い、いや、なんでもないです」


 男の子が手を左右に振る。笑美が首を傾げる。


「? まあ、ええわ。他にも気になることがあるんやけど……」


「なんですか?」


「相談出来る相手がいないって言ってたやん?」


「ああ、はい……」


「おるやん」


 笑美が壁を指し示す。男の子が苦笑する。


「いやあ~なんというか……」


「幽霊会員なんか?」


「いや、皆さん、ちょくちょく顔は出してくれますよ。ただ、他の部などとの兼ね合いもあるので、こちらに全面的に時間を割けるわけではないんですが……」


「やる気はあるんかいな」


「やる気だけはね……」


「どういうことやねん?」


「ネタを考える担当が僕だけで……」


「うん?」


「後は全員ボケなんです……」


「アホなん⁉」


 笑美が声を上げる。男の子が間を空けてから呟く。


「そう……このお笑いサークル、『ツッコミ』がいないんです!」


「ああそう……」


「そこで!」


 男の子が笑美の両手をガシッと取る。笑美は首をブンブンと振る。


「いやいや!」


「このゴッドハンドで!」


「ダサいな!」


「我々をビシバシベシとシバキ回して欲しいのです!」


「大声で誤解を招きそうなこと言うのやめてくれる⁉」


「失礼、突っ込んで欲しいのです!」


「……断る」


「ええっ⁉」


 男の子が驚く。笑美が耳を抑えながら呟く。


「そんなに驚くことかいな……」


「な、なんでですか⁉」


「ウチはもうお笑いはやらんねん……」


「どうしてですか?」


「どうしてもや……」


 笑美は部室を出ようとする。


「でもさっき、僕に助け舟を出してくれたのは……」


「!」


「お笑い好きの心が疼いたからですよね?」


「……見てられへんかったからや」


「いいえ、違います」


「?」


「貴女のお笑いへの燃える思いがまだ消えてないということです」


「分かったようなことを言うな……!」


 笑美が振り返って男の子を静かに睨みつける。男の子も怯まずに話を続ける。


「その才能を朽ち果てさせてしまうのは余りにも惜しい……!」


「……」


「このサークルでその才能を再び輝かせませんか? プロ一歩手前まで行った貴女にとっては、僕たちのレベルは低いかもしれませんが……あっ!」


 部室の片隅に積み重ねられた大学ノートの束が崩れる。笑美が拾ってやるついでにノートをパラパラとめくる。


「これは……ネタ帳か」


「え、ええ……僕が書きました」


「キミ、何年生?」


「あ、2年生です……」


「ほな、一年でこの量を書いたんか……」


 笑美が大学ノートの束を見て感心する。男の子が首を左右に振る。


「いいえ、これは大体、直近三ヶ月分です」


「は⁉」


「古いのは家に持ち帰っています」


「こ、この量を三か月で……?」


「ネタを考えるの好きなんで……粗製濫造のきらいがありますが……」


「いや、考えることが出来るのは大したもんやで……」


「はあ……」


「ふむ……」


 笑美がノートをまじまじと見つめる。男の子が苦笑する。


「いや、汚い字でお恥ずかしい……清書はパソコンでやりますけど……」


「……やろうか」


「え?」


「セトワラ、ウチがツッコミやったるわ」


「ええっ⁉ ほ、本当ですか⁉」


「ここでウソついてもしゃあないやろ」


「ど、どうして……?」


「こんなに一生懸命ネタ考えたんや、案外悪くないし。せっかくやから世に出さんと」


「そ、そうですか……」


「ネタ披露ライブとかやってんの?」


「い、いえ……」


 男の子が首を振る。笑美が苦笑する。


「まあ、ツッコミもおらんところでやっても大事故か……」


「こ、今度……」


「ん?」


「新入生歓迎会があります」


「そういや、そんなんあったな……」


「そこで、部活動サークル活動説明会というのがあります」


「ほう……」


「その場でサークルをアピールしようとは考えていたんですが……」


「ちょうどええやん」


「え?」


 男の子が首を捻る。


「そこでネタをやろうや」


「うええっ⁉」


「なんでそこで驚くねん、人にツッコミやってくれって言うてたくせに」


「そ、そうですけど……急な話だなと……」


「人生なんて基本待ったなしやで」


「じ、時間が足りなくありませんか? 三日後ですよ?」


「そんだけあれば十分や」


「は、はあ……」


「ほな、決まりやな」


 ノートを拾うため屈んでいた笑美が立ち上がる。


「し、しかし……」


「なんやねん?」


「その日のステージに立てるボケがいません。皆予定があって……」


「……キミ、名前は?」


「え? 細羽司ほそはねつかさです……」


「司くん、キミとウチで漫才やったらええやん」


「え、ええっ⁉」


 司と名乗った男の子は素っ頓狂な声を上げる。


「ネタが頭に入っているなら稽古も少ない時間で済むな」


「い、いや、僕は放送作家志望でして……」


「演者の気持ちを理解しておくのも大事なことやで?」


「そうかもしれませんけど……」


「よっしゃ、それじゃあ三日後、『セトワラ』初舞台や!」


 笑美が満面の笑みを浮かべる。

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